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【日本ハム】吉川光夫に抱いた複雑な感情と、鳥谷敬に送った拍手と

交流戦 指名対決 テーマ「日本ハム⇔巨人 トレードされた選手を思う」 文春野球コラム ペナントレース2017

甲子園で鉄人・鳥谷に送った拍手

 死球の翌日(25日)、阪神・鳥谷敬がフェースガードをつけて代打に出てきてくれたのだ。僕は胸が熱くなった。おかげで歴代2位の連続出場記録は「1795」に伸びた。吉川は試合前、鳥谷に直接謝罪に行っている。僕は80〜90年代、ユーティリティで活躍した五十嵐信一氏(2軍監督を経て現・査定担当)の引退を思い出していた。五十嵐さんはファームの巨人戦で顔面に死球を受け、目を傷めたのだ。あれがなかったらもっとやれていたと僕は思う。が、五十嵐さんは何も言わなかった。僕が食い下がっても「○○に悪い」の一点張りだ。○○は調子を崩し2軍落ちしていた巨人の中継ぎだった。五十嵐さんは(イップスに陥ったかもしれない)他チームの若手の将来を守ってやったんだと思う。

 だから僕は鳥谷敬にしびれた。「気にしなくていいよ」と吉川に告げ、元気に試合に出てくる。バットマンみたいなフェースガードをつけてくれた。野球人としての誇りと気づかい。泣けてくるじゃないか。吉川は次の登板(31日、楽天戦)で4回2/3投げて4失点で負けがついているが、今年の楽天相手じゃしょうがないと思う。けんめいにルーティンを繰り返し、楽天の(対吉川用)右打線に立ち向かう姿は野球ドラマそのものだった。

 鳥谷死球の翌日から巨人は大型連敗のトンネルに入り、世間では「鳥谷の呪い」なんて呼んでるらしいが、僕は鳥谷敬はもっとでっかい男だと踏んでいる。阪神との交流戦は甲子園へすっ飛んで行った。デイリースポーツ的には「苦労人・岡崎太一」が主役の3連戦だった。が、僕のヒーローは鉄人・鳥谷だ。ハムファンのくせに鳥谷の打席にだけ拍手を送ったのだ。

甲子園の空を舞うジェット風船 ©えのきどいちろう

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