きょう10月5日は、女子レスリング選手の吉田沙保里の35歳の誕生日である。今月1日には、郷里の三重県津市に、彼女の名にちなんだ「サオリーナ」を通称とする津市産業・スポーツセンターがオープンしたばかり。

 吉田は元全日本王者の父・吉田栄勝の指導のもと、3歳でレスリングを始めた。2001(平成13)年に中京女子大学(現・至学館大学)に進学してからは、主に55キロ級で各大会に参加し、02年から15年まで、世界選手権・オリンピックあわせて16大会連続世界一という前人未到の記録を打ち立てる。この間、世界選手権10連覇を達成した12年には、国民栄誉賞が贈られた。

 大学入学前後より吉田は、当時世界選手権で連覇していた山本聖子と互角に戦うことを目標にトレーニングを積み、2002年のジャパンクイーンズカップで初めて勝った。その前年の全日本選手権では準決勝では山本に敗れていたとはいえ、3位決定戦で、のちに大学の後輩となる伊調馨に勝利。以来、個人戦ではじつに15年近く、206戦にわたり無敗を守り続けた。だが、その吉田も若い世代に追われ、追いつかれる立場となる。53キロ級に出場した昨年のリオデジャネイロオリンピックの決勝で、アメリカのヘレン・マルーリスに敗れたことは、ひとつの区切りを感じさせた。現地で観戦していた母・幸代は、吉田が、相手のタックルに苦しまぎれの首投げで対応したとき、「あ~っ」と心のなかで叫んだという。だが、試合後、娘はいまは亡き父・栄勝の「最後まで攻めろ」という言葉を守り通したのだと思い、納得する。翌日、食事会で話す機会を得た母子はこんな言葉を交わしたとか。

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リオ五輪決勝ではヘレン・マルーリスに破れ、五輪4連覇を逃した ©JMPA

「あっ、きれいな色やん。うちにはないな」
「そやろ、お母さん、すごくきれいな色やろ。金メダルばかり見てきたから、銀もすごくいい色に見えてきた」
(布施鋼治『なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨』双葉社)

「銀もすごくいい色に見えてきた」 ©JMPA

 リオオリンピック後の昨年9月、吉田は早々に2020年の東京オリンピック出場を目標に現役続行を表明した。一方で、同年11月には、母校・至学館大の副学長に就任、女子レスリング部のプレイングコーチにも就いている。じつはリオ五輪前、吉田は将来的に指導者になる可能性について、教えることが得意ではないとの理由から「それは絶対にムリです」と発言していた(吉田沙保里『強く、潔く。』KADOKAWA)。しかし昨年末の全日本選手権では、至学館勢が8階級中5階級を制すなど、すでに成果を出しつつあるようだ。吉田はまたテレビのバラエティ番組にも積極的に出演し、明るいキャラクターを見せている。こうした活躍も含め、彼女が女子レスリングという競技を人々に周知させた貢献はあまりにも大きい。