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「ストップをかけたのは警視庁のトップです」その日、捜査員も検事もみんないなくなった…伊藤詩織が“ブラックボックス”の片鱗に触れた日

『Black Box』より #1

2022/03/08

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, メディア

note

戦友と突然別れるような気持ち

 お互いに言い争うこともあったが、A氏は懸命に捜査を続けてくれていた。その人が担当を外れることは、逮捕が取り止めになったことと同じくらい、私にとって大きなショックだった。

 彼は電話で最後にもう一度、

「力不足でごめんなさい」

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 と言った。私の口からは、

「本当にありがとうございました。お疲れ様でした。これからもお体に気をつけて」

 という以上の言葉が出なかった。また、この事件のせいでA氏の仕事に影響を与えたことをお詫びして、電話を切った。一被害者、一捜査員という立場で今まで相当ぶつかり合ったが、戦友と突然別れるような寂しい気持ちになった。

 言葉にできないあらゆる感情と共に、涙が溢れた。体の力が抜け、ベルリンの住宅街の道で一人途方にくれた。本当にすべての道を塞がれてしまったのかもしれない。私のような小さな人間には、もうこの目に見えない力に立ち向かうことすら許されないのだ、と感じた。

 警視庁上層部の判断。

 わかっていたことはそれだけで、これからも一捜査員、一被害者が真相を知ることはできないのだと思った。