飲酒や喫煙あるいは一部の薬物など、健康リスクが明らかであっても、止めることが現実的には難しい製品の使用を全面的に禁止するのではなく、その代替案として健康リスクを低減させる方向をめざそうという取り組みが「ハームリダクション」だ。

「ハームリダクション」という考え方は、今日世界各国で取り入れられている。たとえば、近年取り入れられるようになったアルコール依存症に対する減酒治療も、「ハームリダクション」の考えに基づいている。すぐに飲酒をやめられない場合は、補完療法で飲酒量を減らすところから始めて、段階的に飲酒による健康リスクをおさえていこうというのだ。

 喫煙に関しても、欧米では喫煙に伴う健康リスクを低減するための有効な公衆衛生上の方策として、「たばこハームリダクション」が提唱されてきた。BAT(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)グループでは、日本国内でもその取り組みを積極的に推し進めている。

 今回は、BATジャパンの代表執行役員・社長のジェームズ 山中氏と、愛煙家として知られる経済アナリスト・森永卓郎氏に、「たばこハームリダクション」に対する考えについて語り合ってもらった。

ジェームズ 山中氏(左)、森永卓郎氏(右)
ジェームズ 山中氏(左)、森永卓郎氏(右)

多くの喫煙者は分煙に「賛成」している

山中 初めまして、森永さん。よろしくお願いします。

森永 こちらこそ、よろしくお願いします。

山中 森永さんは大の愛煙家だそうですが、紙巻たばこ派ですか?

森永 紙巻たばこも加熱式たばこも両方持っています。いま喫煙ルームでも「紙巻禁止」というところが増えたでしょう。両方持っていないと仕事に支障をきたしてしまう。

山中 たとえば、どんなところに支障が?

森永 原稿が書けないんですよ。僕にとって、たばこは仕事道具でもあるんです。以前、作曲家の先生とお話をしたときに、先生は「僕の音符は全部、たばこで出来ている」とおっしゃっていました(笑)

©iStock.com
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山中 じゃあ、森永さんの著書もたばこで出来ている、と。

森永 だから、たばこはやめられない。今、「ダイバーシティが大切だ」と言いながら、日本では喫煙者はあちこちで疎外されているでしょ。例えば、ほぼすべての喫煙者は分煙に賛成しています。

どうすればリスクを減らせるかのほうが建設的

山中 喫煙者も、非喫煙者も公平であるべきです。紙巻たばこが喫煙者自身と周囲にいる人たちの健康を損ねるリスクがあり、最も良い選択肢は喫煙を始めないことだと、わたしたちも認識しています。ただ、喫煙に伴う健康リスクの主な原因は、ニコチンではなく、たばこが燃えるときに発生する煙に含まれる有害性物質だと認められています。それなら、非燃焼式の加熱式たばこやオーラルたばこ製品など、たばこ製品の使用を止められない喫煙者が楽しみながら使用できる代替品が必要なのではないか。それらの製品にシフトしてもらうことで、健康リスクを軽減することができるのではないか。それが喫煙者自身と周囲の人たち双方に配慮した選択になるのではないかと考えています。それが「たばこハームリダクション」です。

森永 リスクをゼロにするというのは無理な話ですからね。それより、どうすればリスクを減らすことができるかを考えるほうが建設的ですよ。また、たばこの煙が苦手という人がいるのも事実です。そういう人に配慮して、煙が出ない加熱式たばこに切り替えるというのも選択肢のひとつでしょう。いろんな人がいるわけですから、みんなでバランスをとって、みんなが快適に生きていけるように、お互い気をつかいあうというのが理想ですね。

山中 BATグループでは「A Better Tomorrow™(より良い明日)」をパーパスに掲げています。私たちのビジネスが健康に及ぼす影響を低減することで、消費者や社会を含むすべてのステークホルダーに対して“より良い明日”を築こう、というものです。そこで弊社が果たすべき役割は、喫煙者のみなさんが、従来の紙巻たばこから加熱式たばこなどの、健康リスク低減の可能性を秘めた非燃焼式商品へと移行したくなるような、そんな満足度の高い楽しめる製品を用意することだと思っています。

森永「税制は科学に基づいて決められるべき」

森永 実は加熱式たばこが発売された当初から、僕はいろんなタイプを試してきたんです。最初のころは、正直おいしくなかった。でも、最近の加熱式たばこは画期的に進化しています。紙巻たばこと、それほどギャップはなくなってきました。これから社会全体の流れは加熱式に動いていくでしょう。にもかかわらず、この10月には加熱式たばこのみ増税されましたよね。

山中 加熱式たばこについては、5年かけて徐々に税率を上げていくという増税プランがあって、今年が最終年なんです。これまで紙巻と加熱式とが同時に増税された年もあったのですが、今年は加熱式のみ増税されました。

森永 「たばこの税制は、科学的根拠に基づくべき」というのが僕の持論なんです。健康リスクに配慮した税制、科学的根拠にもとづく税制を導入するべきなんですよ。

山中 紙巻たばこから、健康リスク低減の可能性を秘めた加熱式たばこなどの製品への移行を促すためには、製品に価格差を設けることも有効だと考えています。ところが、加熱式の税率を紙巻に近づける5年間の増税プログラムが終了した今、紙巻と加熱式の価格差がほとんどなくなってきています。科学的エビデンスに基づく健康リスクの観点を取り入れて税率に差をつける、そんな税制を期待したいですね。

写真:松本輝一