看取った一人は、ゴダールとは、この15年ほど公私とも付き合いのあった友人で、ゴダールから直接、安楽死をしたいという意図を打ち明けられている。
「ゴダールさんは、亡くなる数カ月前から、重い疲労を訴えるようになりました。食べたり飲んだりすることがうまくできなかった。特に、1年くらい前から歩くことが困難になったのです。起きることも難しくなり、杖なしでは歩けませんでした」
なぜこのタイミングでの安楽死だったのか
なぜ、このタイミングでの安楽死だったのだろうか。ゴダールの安楽死は「孤独」が招いた結末だったのか、という宮下氏の問いに対して、こう答えた。
「違うと思います。もともと孤独な生き方でしたから」
彼が知るゴダールの近況、健康状態、そして苦悩は、私たちに、巨匠が死を選んだ理由ついて、大きな示唆を与えてくれる。
ゴダールを看取ったもう一人は、1982年にスイスで結成された世界初の自殺幇助団体のスタッフだ。
「初めて会った時から、ゴダールさんの考えは明確でした。話もしっかりできて、意思が固かったです。ただ、体の動きが鈍く、よく転びました。人生に疲れたという報道を耳にしましたが、私はそう考えません。疲れていたから死にたい、ではないのです」
スタッフは「自殺幇助で逝くことに後悔はないのか」と、ゴダールに最終的な意思確認をして、その最期を見届けた。
宮下氏は、ゴダールの盟友、ジャン=ポール・ベルモンドが2021年9月、自然死を遂げていることに触れた上で、こう書いている。
「人間の最期というのは、その人間の生き様の反映であると、私は思う。いかなる病であっても、人には人それぞれの死に方がある。ゴダールのように安楽死を理想と考える人もいれば、自然死を理想とする人もいる」
ゴダールはなぜ死を選んだのか。安楽死にいたるまでの軌跡、そして遺された言葉は、私たちへ、大きな問いを投げかけている。
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