「生きていることが尊い」のは深刻な悩みを持つからこそ
なぜ、巴瑠がそこまで懸命に言葉を紡ぐのか。紡がざるを得ないのか。その理由は、一話目の冒頭、恋人の桜田一誠(さくらだいっせい)からプロポーズを受けた彼女が結婚を逡巡する場面に暗示されている。実は巴瑠には、自らの身体に関わる、コンプレックスという言葉ではとても言い表せない大きな悩みがあることがそこで明かされるのだ。その事が彼女に深い疎外感を抱かせ、「自分はなぜこの世に生まれてきたのか」という問いを繰り返し突きつける原因にもなっていた。
「僕自身、コンプレックスがあろうとなかろうと、自分に対して『生きてるだけで尊い』とはなかなか自信をもっては言い切れない。だからこそ、巴瑠が自分のアクセサリーが誰かの世界をほんのり彩ることに深い悦びを感じ、それが生の拠り所になっていくことにシンパシーを感じるのかもしれません」
第三話では、恋人に頑なに身体の関係を拒まれて思い悩む一誠の友人・友則(とものり)が登場し、巴瑠だけでなく一誠の価値観も浮き彫りになる。
「それぞれの異性との接し方、というのをすごく意識しました。そもそも、この作品が自分の実存について問う物語だからこそ、性の問題は避けられない。第三話ではまさにそこに飛び込みました。とてもデリケートな個人の領域に踏み込む問題だし、友則を含めた三人の考え方に嫌悪感や違和感を抱く読者もいると思うんです。でも、だからこそ、それを受け入れるかどうかは別にして、自分と違う捉え方があるということを知り、多様な考え方や生き方を認めるところから始めたいと思って。勇気をもって三人には思うところを語らせたつもりです」
本書において巴瑠は、全知全能の名探偵ではない。一方的に心の錘(おもり)を取り除き、謎を解き明かしてあげるのではなく、奈苗や未久、そして一誠や友則の言葉に慰められたり傷ついたり、ともに成長しながら、皆が自分の「尊さ」に気づき、自らの足で歩き出せるようにと必死で踏ん張っていく。それだけに、最終話で「ぷらんたん」が何者かに嫌がらせを受け、存続の危機にまで見舞われることになったときの彼女の対応が、熱く胸に迫る。
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おかざき・たくま
1986年、福岡県生まれ。京都大学法学部卒業。2012年『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』でデビュー。同作で第1回京都本大賞受賞。同シリーズは累計220万部を超えるベストセラーに。他の著書に『季節はうつる、メリーゴーランドのように』『道然寺さんの双子探偵』『新米ベルガールの事件録 チェックインは謎のにおい』『病弱探偵 謎は彼女の特効薬』『さよなら僕らのスツールハウス』など多数。