京都にあるアクセサリーショップ「ぷらんたん」。フランス語で「春」を意味する店名を掲げたこの店は、ハンドメイドのアクセサリー作家である北川巴瑠(きたがわはる)が営む、素朴でやさしい唯一無二の場所だ。ここで、温かさのにじむアクセサリーやお店の雰囲気に惹かれてやってくる様々な来客の「涙のわけ」を解きほぐしてあげるのも、巴瑠の大切な役割だった。
「『ぷらんたん』にやってくるお客さんは、巴瑠に悩みを打ち明けにくるわけじゃない。でも、巴瑠だから気が付いてあげられる――この『巴瑠だから』の説得力を出すために、この作品では徹底して『ひとの心の奥底に眠る感情』というものを考え抜きました。ひとの痛みについてこんなに考え続けたのは初めてかもしれないというぐらい。巴瑠自身、他人と簡単には共有できない深い悩みを抱えていて、ひと一倍『幸せって何だろう』と思いを巡らせてきた経験がある。だからこそ、店を訪れるお客さんのちょっとした振る舞いから、そのひとの心を支配している悩み事の存在を察し、心を軽くする手助けをしてあげようとするんですよね」
四篇からなるこの連作短篇集の第一話では、イヤリングの片方だけを求める女性・安藤奈苗(あんどうななえ)がやってくる。つづく第二話では、遠距離恋愛の彼氏との関係に悩む大学一年生の小高未久(おだかみく)が。とりわけこの未久と巴瑠のやりとりが鮮烈だ。彼氏の拓也(たくや)こそが自分の存在を担保してくれていると思い込み、依存し、卑屈になっている未久に、巴瑠が叫ぶように想いを伝える一幕が素晴らしいのだ。
「あそこは僕がどうしても書きたかった場面で、それはつまり、『あなたが生きてそこにいるということ、それこそが尊いんだ』という、これに尽きるんです。普通ならただの綺麗事になってしまう、このメッセージにどこまで説得力を持たせられるか、作家としての覚悟が問われているような緊張感がありました」