公式上映が行われた5月25日には、10分ものスタンディング・オベーションが起きた。作品自体の現地メディアの評価も高かったが、映画を観た映画関係者、ジャーナリストの多くが「きっと役所広司が男優賞を獲るだろう」と予測しており、その通りの結果となった。
ほぼ全てのシーンに登場し、言葉を発さずとも、平山という男のシンプルな生き方の背景にあるものを感じさせる、役所広司の顔の雄弁さが圧倒的だったのだ。
ずっと見ていたくなる顔というべきか。フランスの有力紙ル・モンドは「今村昌平監督の『うなぎ』で主役を演じ、黒沢清監督にも忠実な役所広司(67)は、(中略)孤独な生活を送っている平山の顔に感情を刻み込む。まるで人類の存続が危機に瀕しているかのように、報われない仕事を完璧に遂行し、ある種の尊厳を取り戻す」と評した。
フランスはなぜ役所を讃えたのか
面白いのは、フランスのメディアがこぞって「ZEN」(禅)という言葉で、この映画を表現していることだ。前述のル・モンドは「ヴェンダースは強くZENの影響を受けている」と記し、ル・フィガロ紙は「ヴェンダース映画のZEN俳優が受賞」、映画誌プレミアは「ZENのヒーロー」という見出しをつけていた。
フランスでは、静謐な空間、時間、穏やかな人などに対して「ZEN」という表現を使うことがすっかり定着しており、そのフランス人にとって簡素な美しさは憧れのライフスタイルの一つでもある。まさに無駄を排した平山の生活、そして役所の演技が、フランス人の目には“ZENの粋”に映ったのではないだろうか。毎日、シンプルな同じような日々を送っているようでも、決して同じ一日はないということを感じさせてくれる作品だ。
“インスタ映え”とは真逆の世界観と言える一方で、役所の顔ほどスクリーン映えする顔はない。クライマックスとなる3分半の超クローズアップでの泣き笑いには、全ての観客の心が掴まれていた。ヴェンダースが「撮影監督が撮りながら涙を流して、肩が震えてしまい、上手く撮れたか心配になったほどだった」と明かしたほど。