探検家の角幡唯介さんの4年以上にわたる壮大な旅が完結し、『極夜行』が出版されました。角幡さんが人生をかけた新しいテーマは「極夜」。太陽が昇らない数カ月の「極夜」を過ごしたあとに見た美しい太陽に何を感じたのか。「月に裏切られた」ときの複雑な心境とは? 単行本の担当編集者が聞き手になり、この旅が自身の人生にとってどんな意味持つのか、角幡さんが旅を総括して語りました。

角幡唯介さん

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「極夜行」は2010年くらいからずっと考えてきたこと

――新刊『極夜行』で、角幡さんは一番何を書きたかったんでしょうか。

角幡 太陽が昇らない極夜の世界、闇の世界がどういうところなのかです。今回は「脱システム」という僕の考え方があって、それを極夜という舞台で表現したいという思いがありました。極夜が、僕らの日常的な世界から見ていかに非日常的な場所なのかを旅を通じて表現したかった。

世界最北の村、シオラパルク。旅はここから始まった ©角幡唯介

――「脱システム」とは角幡さんの「探検というのは人間社会のシステムの外側に出る活動である」という持論のことですね。極夜ではその脱システム的探検が出来ると判断し旅のモチベーションとなったわけですが、プランはいつ頃からあったのでしょうか。

角幡 極夜に行きたいと思ったのは相当前なんですよ。ツアンポーの旅(『空白の五マイル』の舞台)が終わったくらいです。そのときは極夜の星が煌めくところを犬と歩く、それが面白そうだなと思っていた程度でした。昔の探検記を読んでいて、極夜という世界があるんだと知り、その地域の人は太陽をどういう気持ちで迎えていたのかなと思って。2010年くらいからずっと考えてきたことでした。

今回の旅のため、2015年春から夏にかけてデポ(事前に配置した食料や燃料)を運んだ ©角幡唯介

――そして実際に動き出したのが2012年で、それから準備に4年、本番の旅に4カ月、その後執筆に5カ月を要しましたが、筆を置いた瞬間どういう気持ちになりましたか。

角幡 最初に原稿を書いたときには、なんかまだダメだと思っていたから、書き終えた、という手応えはありませんでした。とりあえず全体の構成みたいなものはできた、あとは細部を書き込むのと、自分でちょっと違うと思っているところを、一回読んでから直さないとなと。僕、結構手直しするので、終わったと思ったのはゲラになってからじゃないですかね。

――ではゲラになったときはどう思いましたか。

角幡 結構書けたかな、という感触はありました。ひとことで言えば暗いところを歩いているだけの旅。それをどのように表現すれば、自分が経験した“極夜”を伝えられるのかずっと考えていました。難しいことでしたが、それができたと思いました。これなら僕が経験したのと近い感覚で読んでもらえるんじゃないかと。