「極夜が終わった」というすごい喪失感があった

――旅の終わりはどんな気持ちでしたか。

角幡 ああ、終わったなと思ったのは、極夜が明け始めて、昼間少し明るくなって視界が良くなってきたときですね。そのときすごい喪失感がありました。極夜終わっちゃったなあって。

――長年の目的が果たされたと思ったんですか。

角幡 目的が果たされたというより、ずっとやりたいと思っていたことが終わっちゃったんだなって。もう二度と闇夜でああいうふうにもがくという経験はできないんだなと強く思いましたね。

村を出発してから78日目、ようやく太陽と対面した瞬間 ©角幡唯介

――得たというより失ったという感じだったんですね。

角幡 そうですね。暗いときはすごくもがいてたいへんだったから。戦争が終わったときはこんな気持ちになるのかなと思いました。圧倒的に不条理な力が突然去った時、戦争終わってよかったと思うよりもたぶん呆然とすると思うんですよね。それにちょっと近いのかなって。ああ、終わった……と思ったんですよね、視界が変わったときに。嬉しいというのもあったけど、喪失感のほうが大きかったです。

――この旅は、角幡さんの人生においてどういう意味をもつのか、それをずっと考え続けていたんですよね。

角幡 年齢的に自分が一番力の出る時期だから一番いい探検ができるはずだし、一番いい本が書けると思っていました。「最高到達点」を目指そうと思って続けていました。年をとると体力はじわじわ落ちて行きますが、経験は積まれて行く。経験って何かと言うと想像力なわけですよ。経験を積めば積むほど未知な状況に対しての想像ができるようになる。これなら自分はいけるだろうなとか、自分が対処できる範囲の想像。それが広がって行く感じです。20代の頃は体力はもちろんあったけど、極夜の世界を80日間歩くなんて想像できなかった。到底自分にできるとは思えないし発想すらできない。じわじわ衰えて行く体力とウィーンと上がっていく想像力。それがクロスするところが一番いい時期。僕の場合、36~37歳くらいから「今だ」っていう感じがあった。その時期に一番面白いことをやりたかったんです。

旅を終え、村人と再会 ©山崎哲秀

――最後に。「想定外」というのは探検家にとっては「よっしゃー」と思うところもありますか?

角幡 「よっしゃー」ではないですよ。うわあ、マジかまたか、みたいな感じですよ。でも本当の探検とはそういうもの。予定通りにいくというのは、予定調和ということだから未知でもなんでもない。計画通りにいかないのが、正しい探検です。予定通りにいくわけがない。先が読めない状況に行くのが探検なんです。

©角幡唯介

『極夜行』
角幡唯介

定価:  本体1750円+税
発売日: 2018年02月09日