結婚するつもりだった人に振られたみたいに、月には裏切られました

――夏の北極を描くのとは当然違うわけですよね。ただ暗くて憂鬱な世界を描くのはどれほど難しかったんですか。

角幡 北極はどっちにしても難しいんですよ。夏にしてもずっと太陽が出ていて明るいだけで風景自体は単調だし。ただ北極を歩きましたというだけでは何も書けない、だから、自分の行動とは別のテーマが必要になってくるんです。どういうテーマで旅をするかが僕の中では割と重要で。今回は極夜という明白なテーマがあったので書きにくさはなかったんですが。環境自体は暗くて寒いだけ。その暗くて寒いのをどういう風に伝えるか。僕の内面に現われた不安や焦り、絶望とかを通じて、極夜を表現したかった。それはできたかなと。

©角幡唯介

――よくおっしゃる極夜の極夜性ですね。

角幡 はい。あとは月が照ったときの美しさと逆に頼りにしていた月に裏切られる感じもちゃんと書けたかなと。もちろん太陽もですけれど。それらに対する僕のリアクションを書くことが大事でした。

――月の存在は、作品にコントラストをもたらしていますね。

角幡 月を描くのが一番難しかったです。一回書いて、もうちょっとたいへんだったな、行動中の月への期待感はもうちょっと書いた方がいいなとか。最後、麝香牛(じゃこううし)を狩りにいくところ、あそこが一番難しかったですね。

――極夜での月の存在はやっぱり大きかった。

角幡 大きかったですよ。それはわかっていたんです。最初に行ったとき、村を出てから4~5日、月が出ていなくて、暗いなと思っていたら月が出て、ぶわーっと明るくなって。ここまで違うのかと驚きました。だから、最初から月の暦を調べて全部表にして、月が明るいときに小屋に着くとか、明るいうちに氷河を上って氷床を横断するなど行動計画を組み立てていたんです。暗いとやっぱりルートを間違ったりする可能性もあるので、月が出ない1週間は停滞するつもりでした。実際は予定がはるかに遅れたのでそういうわけにはいかなかったんですが。それくらい月の暦に合わせないとだめだとわかっていました。だけど結局、結婚するつもりだった人に振られたみたいに、月には裏切られましたね。

©角幡唯介

――極夜では、月が照らし出す世界が真実だと思わされてしまうが、そうではない、という部分ですね。明るいせいでかなり深い場所まで進みすぎて危険を感じたこともあった。

角幡 そうですね。