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ドラマで培われた「雑談力」

 人気ドラマ『ハウス・オブ・カード』とは、アメリカ連邦政府の下院議員の主人公が策謀をめぐらせながら、副大統領そして大統領へと上り詰めるが、自身への疑惑から辞任を余儀なくされ、夫人が代わって大統領に躍り出るというワシントンを舞台にしたドラマである。ワシントンの政界とりわけホワイトハウス内での大統領と閣僚・補佐官・与野党議員・ジャーナリストの間の緊張感溢れるやりとりがテンポよく続き、見始めると目が離せなくなる。

 安倍首相は、このドラマについて、外交現場のここぞという場面で語っただけではない。普段から首相官邸で周囲とこの話題に興じていたし、取材に訪れた新聞記者ともよく話題にしていたという。これに限らず、Netflixのドラマについては、一家言も二家言もあった。たとえば親しくしていた記者の岩田明子に安倍はイギリス王室を描いたドラマ『ザ・クラウン』に登場するエリザベス2世を「興奮気味に」讃えて、「身振り手振りを交えて、何度もそのシーンを再現していた」という(『安倍晋三実録』文藝春秋、2023年)。天皇退位のメッセージが放送された年に放映が始まったドラマであり、首相としてこの課題に取り組むためのヒントが隠れていたのだろう。あるいは首相に向けた宮内庁からの「ご説明」よりも、肌感覚そのままに宮中と政治の関係を感じとることができたのではないかと想像したくなる。

 こうした会話を好んだ安倍首相を谷内は「雑談力」があるととらえた。「安倍さんは“雑談力”に秀でた政治家です。会談でも、あのトランプさんがむしろ聞き役に徹していた」という。ドラマであれ、何であれ、軽い会話を取り混ぜて周囲を和ませ、外交交渉を有利に進めたというのである。楽しみを通じて、安倍は「雑談力」を豊かにしていった。

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訪日したトランプ大統領と親交を深めた ©文藝春秋

「雑談力」は、実のところ安倍自身の言葉でもあった。安倍は、第2次政権では、「できるだけスタッフと触れ合う機会をつくりました。積極的に雑談をしたわけです」と語る(『安倍晋三 回顧録』)。こうした「雑談」あるいは「無駄話」こそ、政治家にとって重要だというのが安倍の信念であった。「雑談」に身を投じない政治家は、結局フォロワーを作れない。「雑談力」はリーダーの資質だというのである。

本記事の全文は『文藝春秋 電子版』に掲載されています(牧原出「宰相・安倍晋三論 政治にエンタメ感を演出。『次へ次へ、さらにその次へ』と国民を誘い込んだ」)。