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「フローリングの一部だけが黒く変色し、液体のような物でヌメっている」読むだけで吐き気がする「腐乱現場」の清掃実態

『ごみ屋敷ワンダーランド』より #4

note

 作業を進めていくと、亡くなった方の思い出の写真や未開封のDVD、更新したての免許証、まだ新しいテレビやレトロなラジカセまで出て来た。

 住人は、六十代の男性。どうやら家電が好きだったらしく、雑誌『デジモノステーション』やテレビ番組『アメトーーク!』の「家電芸人」の回のDVDがあった。

 腐乱臭と真夏の暑さの中で、この時はまだ死ぬなんて思っていなかったんだろうななどと考えていると、僕の頭がおかしくなってくる。

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 一旦外に出てトラックまで戻り、外気を身体に入れる。

 他の社員もバイトも無言だ。不動産屋への怒りはピークを過ぎて、全員自分との戦いになっている。

 誰も再開しようとは言わない。でも、再開しなければいけない。一人が立ち上がるのを皮切りに、無言で全員立ち上がる。

「あそこには戻りたくない」「やらないと終わらない」「もう嫌だ」「結局誰かがやらなきゃ」とバイト柴田賢佑と人間柴田賢佑の間で、感情が高速でピストン輸送されている。

 やらなければならない。今までのごみ屋敷以上に自分を奮い立たせて、現場へ。

慣れることはない

 現場に戻って臭いが鼻に届くと、免許証で見た顔が浮かぶようになっていた。

 そこからは、住人の思い入れがあるだろう遺品が出てくる度に落ち込んでいた。

 もう、隣のリビングの物音にビクつく薄っぺらい恐怖心は、同情にも似た感情に変わっていた。リユースできる家電もたくさん出たが、腐乱臭が強くリユース不可ということで処理した。

写真はイメージ ©getty

 本来予定していた普通の一軒家なら四時間ほどで終わるはずのところを、八時間かけて終了。作業後に、普段温厚な社員が、初めて浮き出たであろう血管を額に浮かべ不動産屋に怒りの電話を入れていた。電話を切ると少しフラついていた。

 何度か消毒なしの腐乱現場を担当したという社員も「慣れないなぁ」と漏らしていた。

 腐乱現場は、その後も幾度となく片づけたが、「慣れる」ことはない。

「慣れたら人間終わっちゃいそうだ」とか考えがちだが、僕は人間の本質として慣れることはないと思う。

 回収物を積んだトラックは一週間ほど臭いが消えず、臭いを嗅ぐ度に免許証の顔が浮かんだ。

 腐乱現場は、できればやりたくない。しかし、誰かがやらなければならない。

 人間として決して慣れたくない。しかし、現場が終わった後にこんなに落ち込むのならいっそ慣れてしまいたい。

 でも、嫌だ。

 いまだに僕は葛藤する。それが腐乱現場。

「フローリングの一部だけが黒く変色し、液体のような物でヌメっている」読むだけで吐き気がする「腐乱現場」の清掃実態

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