2023年7月30日。北海道東部の釧路町で一頭のヒグマが駆除された。「OSO18」と名付けられたそのクマは4年間で66頭もの牛を襲っていた。
そのOSOが駆除されたことで騒動は一応の決着を見たが、「OSO18特別対策班(以下・対策班)」リーダーの藤本靖氏は違和感を拭いきれなかった。
「いったい、なんで掌がこんなに腫れてるんだ?」
そう首を傾げる藤本氏の手には、駆除直後のOSOを撮影した写真があった。
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牛の襲撃を重ねるOSO
NPO法人「南知床・ヒグマ情報センター」理事長(当時)だった藤本氏が、対策班リーダーとして仲間のハンターたちとOSOの捕獲に乗り出したのは、2021年秋のことである。
OSOによる牛の襲撃は2019年夏から始まっていたが、この2年で目撃情報はわずか1件。被害が集中していた標茶町・厚岸町の関係者による懸命な対策を嘲笑うかのようにOSOは襲撃を重ねていた。
藤本氏はOSOの特徴をこう語る。
「ビビりといっていいほど警戒心が強く、とにかく人間を徹底的に避ける。移動時は川の中や橋の下を通り、足跡が人目につかないようにまでしていました」
異様な偏った食性
さらに異様だったのは、その偏った食性である。
「通常、クマが食べるのは草木類や果実類など植物性のものが8、9割を占めますが、OSOはそれらを口にした形跡がなかった。専ら肉食で、牛を襲っていないときは、エゾシカの肉を食べていたようです」
森の中には一部の不届きなハンターが、撃ったエゾシカの美味な部分だけ持ち帰り、残りを不法投棄していく場所もあるという。
藤本氏らはそうした場所を渡り歩くOSOの行動を予測して罠やカメラを設置。2023年初夏には捕獲まであと一歩のところまで追い詰める。その攻防の詳細は、このほど藤本氏が上梓した手記『OSO18を追え“怪物ヒグマ”との闘い560日』(文藝春秋)に詳しいが、結末は意外な形でやってくる。
〈OSO18捕獲〉の一報
2023年8月21日夜。折悪しく、入院中だった藤本氏は、標茶町役場の担当者から〈OSO18捕獲〉の一報を病院で受けることになる。
担当者によると7月30日に釧路町で駆除されたヒグマをDNA鑑定にかけたところ、OSOである可能性が高いことがわかったという。藤本氏が振り返る。
「頭の中が真っ白になりましたね。捕獲したハンターも含めてOSOは誰にもそうと知られぬまま、ひっそりと撃たれ、食肉として流通していたわけです」