美智子さまと長年の交流がある編集者・末盛千枝子さん。父は彫刻家・舟越保武で、美智子さまは保武の作品に強い関心を示していたという。そして、保武の作品のなかに、美智子さまがご自身で所有されることを強く望んだ作品があった。

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美智子さまと「聖ベロニカ」「ゴルゴダ」

 ――ご縁が続く中で、美智子さまがお父様の彫刻をお求めになったとうかがいましたが、それはどういう経緯だったのですか。

 末盛 たしか『THE ANIMALS』が出てすぐの頃、父の展覧会が世田谷美術館(「信仰と詩心の彫刻60年 舟越保武の世界」1994)でありました。その新聞広告をご覧になったのか美術館にいらして、とっても喜んで作品を見てくださいました。そして、どうしても……という話になって。

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「舟越保武彫刻展」を訪れ、作品を鑑賞される美智子さま。右は末盛さん(2015年) ©時事通信社

 ――展示されていた作品を気に入られたわけですか。

 末盛 詳しい経緯はもう覚えていないんですけれど……。

 ――「聖ベロニカ」(1986)だそうですね。これはどういう作品なのですか。

 末盛 ベロニカは、キリストが十字架を背負って、血の汗を流しながらヨタヨタと刑場に向かって歩いているときに、気の毒に思って周囲のローマ兵をものともせず、白い布を差し出す。「これでお顔をぬぐってください」と。これは聖書に出てくる話ですが、父はとても好きだったのね。ベロニカが好きな作家はたくさんいる。だけど、父はとても好きだったので、ベロニカは何回も作っています。

舟越保武作「聖ベロニカ」(大谷一郎撮影、『舟越保武―まなざしの向こうに—』求龍堂刊より。お求めになったのはブロンズ製)

 ――その時に、実はもう一つ別の作品とどちらにしようかと、美智子さまは迷われたとか。

 末盛 その頃、父はもう脳梗塞の後遺症で利き手の自由を失って、左手で作品を作り始めていました。そうしたら、今までとはぜんぜん違う作風になって……迷われていたのはその頃に作った「ゴルゴダ」(1989)というキリストの顔の像。とてもいい作品ですが、どちらにしようかさんざん迷われたみたいで。でも、御所にキリストの像というわけにはいかないんじゃないかと私は思ったんですけどね。

 ――そうですよね。ゴルゴダというのはキリストが磔(はりつけ)にされたゴルゴダの丘のゴルゴダ。まさに刑場に向かうイエス・キリストの頭の像ですから。

 末盛 陛下に相談なさったらしいんです。そうしたら陛下は、まったく淡々と「それはかまわないよ」とはおっしゃったらしい。でも美智子さまはベロニカをお選びになって、お届けしたということです。

 ――そのあたり上皇さまはおおらかなんですね。

 末盛 上皇さまもおおらかだと思ったし、それから神道って私にはまったく縁がないと思っていたんですけれど、神道の考え方がおおらかなのかなと思いました。

舟越保武作「ゴルゴダ」(大谷一郎撮影、『舟越保武―まなざしの向こうに—』求龍堂刊より)

 ――八百万(やおよろず)の神とよくいいますけれど。

 末盛 そうですね。そういうことを通してすごく思ったのは、美智子さまは本当にあらゆることを陛下にご相談なさりながら進めていらっしゃるということでした。