人情もの、お仕事小説、さまざまな角度から「写楽」を描く
(4)鳴海章『レトロ・ロマンサー 壱 はつこい写楽』(角川文庫)
現代に生きる女の子が、魂だけ江戸時代に飛んでしまい、写楽と関わっていくというお話です。こちらは正体説を扱うものではなくて、写楽という一人の人間がどういう風に浮世絵を描いていったのかという、人情ものの味わいが強い作品です。
(5)吉川永青『写楽とお喜瀬』(NHK出版)
こちらの作品では、あらかじめ写楽の正体は近年の定説である斎藤十郎兵衛とされています。この斎藤十郎兵衛とある女性との関わりを主題にしているのですが……。現代的なテーマを扱い深いところまで踏み込んだ、読み応えある作品です。
(6)野口卓『からくり写楽 蔦屋重三郎最後の賭け』(新潮文庫)
新機軸写楽もの。増補浮世絵類考くらいにしか残っていない写楽情報の少なさを逆手に取り、蔦屋重三郎が写楽の正体を隠して売り出していたとする展開を用意、十ヶ月あまりしかない写楽の不可解な売り出しを説明してみせるという、奇想とセンスオブワンダーに満ちた一冊。
(7)森明日香『写楽女』(ハルキ文庫)
こちらは蔦屋重三郎が営む「耕書堂」で働く女中を主人公にした作品。現代の時代小説で流行している「女性×お仕事小説」の流れを汲みつつ、蔦屋重三郎やその周辺の人々の姿を活写した作品です。今、女絵師の日々を描く「おくり絵師」シリーズが好調な著者の原点としても。
(8)皆川博子『写楽』(角川文庫)
劇界にいる主人公が写楽となって絵の世界に入っていく姿を描く作品でして、劇界の光彩がとにかく美しいです。写楽はそもそも役者絵を描いている人物なので、劇界との関係は外せないところだと思うんですが、本作ではそれを真正面から描いています。
(9)杉本章子『写楽まぼろし 蔦屋重三郎と東洲斎写楽』(朝日文庫)
写楽、と名がついているものの、実質的には蔦屋重三郎を主人公にした一代記。とはいえ、東洲斎写楽誕生に至るまでの文脈を丁寧に、臨場感たっぷりに描き出しているがため、写楽ものとしても説得力のある物語になっています。
(10)石森正太郎『死やらく生――佐武と市捕物控』(中央公論新社)
マンガからも一作ご紹介します。残念ながら絶版になっているようで、再販しないかな、とずっと思っているのですが……こちらは『佐武と市捕物控』のスピンオフ作品です。ある殺人事件が写楽の正体につながっていく、という話なのですが、この本の面白いところは、なんと付録に証拠がついているんです。80年代に刊行された本で、きっとバブルな時代だったんでしょうね。今ではできない趣向が凝らされているのが楽しい一冊です。