聖徳太子生誕の地として知られる奈良県明日香村には、6世紀末から7世紀末までの約100年間、都が置かれていた。現在の東京にある首都機能がこの地域に集約され、「十七条憲法の制定」「大化の改新」など律令国家体制の礎が築かれたという。国家としての日本は明日香村から始まったとも言えるのだ。

「僕が住んでいる東京は、つねにスクラップ&ビルドを繰り返して、アップデートし続けている街。一方で、1000年以上の歴史を持つキトラ古墳や高松塚古墳といった遺跡が多くある明日香村は、変わらないこと、後世に残すことを大切にしている。東京とは対極にあるところが魅力的に感じるんですよ」

 そう語るのは、音楽ユニット「ホフディラン」の小宮山雄飛さん。東京は渋谷区に生まれ、現在も原宿に住まいを構える、生粋の東京人たる小宮山さんが、“いにしえの大都会”を訪ねた。

飛鳥めぐりの移動はレンタサイクルで

 新幹線で東京から京都へと向かい、橿原神宮前行きの近鉄特急にさっと乗り換える。橿原神宮前で普通列車に乗り継いで、飛鳥駅に到着した小宮山さん。4時間弱の列車の旅ののち、まず最初に向かったのはレンタサイクル店。

 村内の主要箇所をまわる周遊バスが走っている明日香村だが、数多くの見どころをめぐるには、自由で小回りがきく自転車も便利だ。

「都内での移動手段も、ほとんど自転車です。自転車なら渋滞も関係ないし、一方通行の路地にも入っていける。電動なら坂道でもラクに漕げるし……というか、電動じゃないと、体力的にかなりキツい(笑)」

 迷わず電動自転車をチョイスし、軽快にペダルを踏み出した。

明日香レンタサイクル 飛鳥駅前営業所(※飛鳥まるごとチケット対象施設)

住所:奈良県高市郡明日香村越13-1
電話番号:0744-54-3919
営業時間:9:00~17:00
休業日:年中無休(ただし、悪天候時は休業の場合あり。要問い合わせ)

レンタル料金(いずれも1日):電動自転車1700円/自転車1200円

駅から5分の牽牛子塚古墳で明日香の洗礼を受ける

 明日香めぐりの相棒を手に入れた小宮山さんがハンドルを向けたのは、飛鳥駅から自転車で5分ほどの距離にある牽牛子塚(けんごしづか)古墳。徒歩でも10分で到着する距離に、7世紀後半に築造された遺跡がたたずんでいる。至る所に歴史があるのが明日香の魅力だ。

八角形が特徴的な「牽牛子塚古墳」
八角形が特徴的な「牽牛子塚古墳」

 この古墳には飛鳥時代に重祚(ちょうそ)した皇極・斉明女帝と、その娘が祀られていると言われる。あさがおの花びらのような特徴的な八角形の墳丘は別名「あさがお塚」と呼ばれていたが、自然災害等による墳丘の崩落や経年劣化による盛土の流出により、墳丘自体の弱体化が懸念されていた。

 そこで恒久的な保護・保存を目指し、劣化した墳丘や石槨を、新たな盛土でシェルターのように覆い、その上に発掘調査の結果に基づいて築造当時の姿を令和4年に整備した。つまり現在目にしている墳丘はレプリカで、実物はその下に眠っているわけだ。

「やけに現代的だと思ったら、そういう経緯があるんですね。丘からの見晴らしはいいし、気候がいい時期は気持ちがいいだろうなあ」

展望広場からはあたり一帯が見渡せる
展望広場からはあたり一帯が見渡せる

 階段を上った先にある展望広場からの景色を眺めつつ、小宮山さんが独りごちる。

「僕の地元の渋谷区には明治天皇を祀った明治神宮があります。子どもの頃からたびたび訪れている名跡で歴史を感じていたけど、創建されたのは1920年だから、まだ100年ちょっと。牽牛子塚古墳は古墳文化の終末期にできたとはいえ、それでも1400年近く前ですからね。明日香の古墳に比べたら、明治神宮は新しいってことに気づかされました(笑)」

牽牛子塚古墳

所在地:奈良県高市郡明日香村越
電話番号:0744-54-5600(明日香村教育委員会文化財課)
入場料:無料
※特別な営業時間や休業日はありませんが、日中の見学をおすすめします。

「えっ、もう30分!?」小宮山さんがハマった“古代の鏡づくり”

 7世紀末から8世紀初頭に造られたとされるキトラ古墳。昭和58年の調査で石室内に描かれた極彩色壁画が発見され、高松塚古墳に次ぐ、日本で2例目の壁画古墳であることが判明した。青龍、朱雀、白虎、玄武の四神が描かれた壁画は、令和元年に国宝に指定されている。

 この墳丘のふもとにある「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」は、実物の壁画や出土遺物を保存管理する施設で、国宝の壁画を四半期毎に期間限定で公開。また別館の体験学習施設では、毎週土日と祝日に、歴史を学べるさまざまな体験プログラムを実施している。

「体験と言えば、最近、蕎麦打ちにハマってるんです。きっかけは仕事の取材でやった蕎麦打ち体験。何歳になっても初体験って刺激的だし、思いも寄らぬ発見があったりするからおもしろいですよね」

小宮山さんが製作体験をした「海獣葡萄鏡」
小宮山さんが製作体験をした「海獣葡萄鏡」

 いくつかあるプログラムのなかから、俄然意欲的になった小宮山さんがチョイスしたのは、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)づくりだ。海獣葡萄鏡とは中国唐代に盛んに製作されたという銅鏡のこと。日本には飛鳥時代から奈良時代にかけて輸入され、明日香にある高松塚古墳をはじめ日本の各地で見つかっている。

鍋で溶かしたスズを型枠に流し込み……
鍋で溶かしたスズを型枠に流し込み……

 製作の工程はシンプルだ。まずは鍋に鏡(実物は白銅を用いていた)の材料となるスズを入れ、ガスコンロで炙って溶かす。スズは数分で溶けるので、つぎは型枠に流し込む。冷えるまで数分待って型枠を外すと、表面に紋様が浮かぶ丸い金属板が現れる。光沢がなくざらついた裏面をモノが映り込むようになるまで、紙やすりでぴかぴかに磨き上げる。

冷やして型枠から外すと、片面に模様がしっかりとついている
冷やして型枠から外すと、片面に模様がしっかりとついている
模様のない面をひたすら磨いていく。小宮山さんも集中モードに
模様のない面をひたすら磨いていく。小宮山さんも集中モードに

 説明を聞いた小宮山さんは、紙やすりを手にとり、無言でひたすら磨いていく。

「当時は天然の砥石を使っていたようですが、磨くという工程自体は一緒ですよね。直線的に紙やすりを動かすという単純作業なんだけど、繰り返しているうちに集中力が高まってきました。……えっ、もう30分も磨いてるんですか?」

 きめの細かい耐水ペーパーに持ち替えてさらに磨き、仕上げに布に含ませた研磨剤でこすると、達観した面持ちの小宮山さんが輝く鏡面に浮かんだ。

「雑念が消えるというか、こんなにも心が洗われる体験だとは思いもしなかった(笑)。これは絶対に体験してほしいな」

キトラ古墳壁画体験館 四神の館(※飛鳥まるごとチケット対象施設)

住所:奈良県高市郡明日香村阿部山67
電話番号:0744-54-5105
営業時間:9:30~17:00 ※12月~2月は16:30閉館 
休館日:12月29日~1月3日/4、7、11、2月の第2月曜日(祝日の場合は翌日)

体験プログラムは土日祝に実施している。小宮山さんが体験した海獣葡萄鏡(小)づくりは料金600円。

1000年以上前から食べられている“牛乳を使った鍋料理”とは?

 海獣葡萄鏡づくりで精神を整えたつぎは、明日香名物の郷土料理でおなかを満たす番だ。小宮山さんが訪れたのは、創業100年以上という老舗料理店「めんどや」。

 注文したのは牛乳を加えたダシで、鶏肉や野菜をいただく飛鳥鍋をメインに、ごま豆腐や柿の葉ずし、季節野菜の煮物といった奈良らしい味が供される飛鳥鍋コースだ。

牛乳で鶏肉などを煮込む「飛鳥鍋」。加熱するとモロモロとした質感になる ※写真は2人前
牛乳で鶏肉などを煮込む「飛鳥鍋」。加熱するとモロモロとした質感になる ※写真は2人前

 飛鳥時代から宮中で乳牛が飼育されており、貴族だけでなく、僧侶たちも密かに牛乳を愛飲していた。そのうち飼育していた鶏の肉を牛乳で煮込んで食べるようになったのが飛鳥鍋の原型だという。1000年以上前から食べ続けられている、時代を超えた逸品である。

「飛鳥時代の美食家たちも舌鼓を打った料理だと思うと、なかなか感慨深いですね。ミルクを入れるというと洋風の味を想像するかもしれないけど、和風ダシがベースにあるから牛乳臭さは一切ない。あっさりしていて僕は好きな味だけど、要するに豆乳鍋のアレンジ……いや、飛鳥鍋が元祖で、豆乳鍋が類似品か(笑)」

めんどや

住所:奈良県高市郡明日香村岡40
電話番号:0744-54-2055
営業時間:11:00~17:00(L.O.16:30)
定休日:火曜日(祝日の場合は翌日)

飛鳥鍋コース:1人前3850円(注文は2人前から。前日までの要予約)

木魚を叩いても、寝転んでもOKなお寺でひと休み

「めんどや」から自転車で3分の距離にある橘寺は、聖徳太子(厩戸皇子)生誕の地と言われており、本堂には重要文化財に指定されている聖徳太子35歳時の像「木造聖徳太子坐像」が鎮座する、天台宗の寺院である。

「和を以て貴しとなす」の名言で知られる聖徳太子は、寛容と利他を重んじていたというが、その聖徳太子を祀る橘寺も、じつに寛大。

鐘をつくと、境内に「ゴーン」という音が響き渡った
鐘をつくと、境内に「ゴーン」という音が響き渡った

 境内の梵鐘を自由に鳴らしてOK、畳敷きの往生院という建物にある鈴や木魚も自由に叩いてOK、あまつさえ畳の上に寝転んでもOKだ。いずれも常識的な範囲でという但し書きが付くが、どんなきっかけでもいいから仏教に親しんでほしいという先代住職の願いもあって、拝観者の自由な振る舞いを許容しているのだという。

「そういうことなら遠慮なく失礼させていただきます」

往生院の天井画は圧巻。仰向けに寝転がるとプラネタリウムのようにも見える
往生院の天井画は圧巻。仰向けに寝転がるとプラネタリウムのようにも見える

 往生院の畳に寝転ぶ小宮山さんの目に、格子状に並ぶ260枚の天井板に描かれた色とりどりの「極楽浄土に咲く花々」が映り込む。開け放たれた縁側からは柔らかい風が通り抜けていく。

「春先の暖かいときなんか、絶対ウトウトしちゃいますね」

橘寺(※飛鳥まるごとチケット対象施設)

住所:奈良県高市郡明日香村橘532
電話番号:0744-54-2026
拝観時間:9:00~17:00(最終受付16:30)
休業日:無休

拝観料:大人400円/高校生・中学生300円/小学生200円

もの言わぬ巨岩に見出した“明日香の真髄”

 橘寺での極楽浄土の気分を味わったあとは、日本最大級の方墳である石舞台古墳へ向かい、明日香めぐりの最後を飾る。

 この古墳は7世紀初頭に築造されたと推定される方墳で、大化の改新で滅ぼされた蘇我入鹿の祖父でもある蘇我馬子の墓という説が有力だという。いかんせん千数百年以上前の遺跡なので、はっきりとした文献資料が残っていないのだ。

巨石が積み上げられた、ミステリアスな雰囲気の「石舞台古墳」
巨石が積み上げられた、ミステリアスな雰囲気の「石舞台古墳」

「史実がしっかり解明されている名跡なら、由来や時代背景といった予備知識があったほうが楽しめると思うんだけど、明日香の遺跡にはミステリアスな部分が多いですよね。はっきりとしたことが分からないなら、感性を働かせてあるがままを受け入れればいい」

 総重量は約2300トンにもなるという三十数個の巨大な岩を積み上げた威容が、圧倒的なリアリティで迫ってくる。重機など存在しなかった時代に、人力だけで巨石を運び、積み上げる高度な技術力が存在したことに驚くばかりだ。

 掘り下げられた石室から約77トンもある天井の一枚岩を見上げた小宮山さんは、「すごいなあ」と呟いた。1000年を超える歴史の重さの前では、飾った言葉など無用である。 

石室の中には誰でも入ることができる
石室の中には誰でも入ることができる

「ツアーで地方に行くときは、スケジュールが空いていればライブ前日に現地入りして、ひとりで街をぶらぶら散策するんですよ。公園のベンチに座ってぼうっとしたり、何も考えずに景色を眺めたり、静かに過ごす時間が好きで。そういう観点から見ると、明日香はとてもいいですね。良い意味で放っておいてくれるというか、おひとりさま向きだと思う」

 悠久の彼方からそこにある巨岩が、黙って小宮山さんを見送った。

石舞台古墳(※飛鳥まるごとチケット対象施設)

所在地:奈良県高市郡明日香村島庄133
電話番号:0744-54-4577(石舞台古墳管理事務所)
営業時間:9:00~17:00(最終入場16:45)
休業日:年中無休 

入場料:大人300円/高校生・中学生・小学生100円

INFORMATION

【奈良に行くには新幹線が便利!】
◆東京駅
↓ 東海道新幹線「のぞみ」 約2時間20分
◆京都駅 
↓ 近鉄特急 約52分
◆橿原神宮前駅
↓ 近鉄吉野線 約4分
◆飛鳥駅

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