2009年、テレビにも出ていた人気者のチンパンジーが12分間にわたって、飼い主の友人女性を襲う事件が発生。事件後、女性は両手、両目、顔のほとんどを失ってしまう…。なぜ人々に愛された、愛嬌者の賢いチンパンジーは「凶暴化」したのか? 実際に起きた事件などを題材とした映画の元ネタを解説する文庫新刊『映画になった恐怖の実話Ⅲ』(鉄人社)のダイジェスト版をお届けする。
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2022年公開の「NOPE/ノープ」は、UFOに遭遇した兄妹を描くホラー映画だが、その中の衝撃的なシーンには実話がモデルとなっている。映画に登場するチンパンジー「ゴーディ」の暴走シーンは、2009年に起きた人気チンパンジー「トラビス」による凄惨な事件を基にしているのだ。
「彼が…彼女を…食べ始めた…」驚愕の12分間
トラビス(1995年生)は、米コネチカット州サムフォードのハロルド夫妻に飼育されていたチンパンジーだった。彼は非常に賢く、鍵を使って玄関を開け、着替えをし、テレビのリモコンを操作し、パソコンにログインするほどの知能を持っていた。地元では愛嬌者として知られ、警官にも挨拶をする人気者で、バラエティ番組やCMにも出演していた。
2004年、飼い主の夫ジェロームががんで死亡。残された妻サンドラはトラビスを一人息子のように溺愛し、毎日一緒に入浴し、同じベッドで眠るようになった。サンドラを支えたのが、彼女の会社で働くようになったチャーラ・ナッシュだった。ナッシュはトラビスともよく懐いていた関係だった。
悲劇は2009年2月16日に起きた。ナッシュ(当時55歳)がサンドラ(同70歳)の自宅を訪れた際、トラビス(同14歳)が突然彼女に襲いかかったのだ。サンドラはシャベルや包丁でトラビスを攻撃したが、チンパンジーの狂乱は止まらず、ナッシュへの攻撃は12分間にも及んだ。
現場に駆けつけた警察官はついに発砲。被弾したトラビスは家に引き返し、自分の檻の傍で息絶えた。事件現場は惨憺たるもので、ナッシュは両手、鼻、両目、唇、顔の中心骨格を失い、重要な脳組織にも傷を負った。
ナッシュはその後、顎の接着手術、顔面移植手術、両手の移植手術など複数の大手術を受けることになる。ナッシュ家はサンドラに対して5千万ドル(約40億円)の賠償を求める訴訟を起こし、最終的には約400万ドル(約3億6千万円)の賠償金を受け取った。
なぜトラビスはあの日、親しんでいたナッシュに凶行を働いたのか。事件後の検視でトラビスの遺体からは「ザナックス」という抗不安剤が発見されている。これはサンドラがトラビスのライム病のために飲ませていた薬で、時に幻覚や攻撃性を引き起こすこともあるという。しかし、真相は不明のままだ。
映画「NOPE」の衝撃的なシーンの背後には、このような実際の悲劇が隠されていたのである。
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