小田嶋さんがそんな思いを募らせたのは、参議院選挙の最中の7月14日に秋田県大仙市で、石破茂首相と40分ほど面会したことが関係している。「意見交換したい」という触れ込みで、ほかの農家4人とともに声がかかった。ところが5人それぞれの持ち時間は3分程度。残り約25分の多くは、石破首相が備蓄米を放出したことの「言い訳」に費やされたという。
「備蓄米を放出したことで米価が下がることを釈明したかったんだろうけど、選挙のための言い訳のように聞こえたな」
「適正価格」とは何なのか
小田嶋さんが「令和の米騒動」の成り行きを見ていて感じているのは、農政の“先祖返り”が起きようとしていることだ。1942年から1995年まで続いた食糧管理法の時代のように、米の生産や流通に対する国の管理や統制が強まるのではないかと不安を感じているのだ。
なかでも気になっているのは、にわかに世間で話題に上るようになった「適正価格」という言葉。石破首相は5月21日に開かれた国会の党首討論で、5キロ当たりの米の小売価格について「3000円台でなければならない」と言い切った。これを皮切りに、ほかの政治家も根拠がはっきりしない適正価格をそれぞれ主張するようになった。あまつさえ農業経済学が専門の東京大学特任教授・名誉教授の鈴木宣弘氏さえもが農業専門紙「日本農業新聞」のインタビューに、「3500円前後が妥当」と言い切ってしまった。
「適正価格」という言葉が突如として使われるようになったきっかけは、2024年5月に約四半世紀ぶりに改正された、農政の羅針盤とされる「食料・農業・農村基本法」にある。その条文に、農産物の「適正な価格形成」が盛り込まれた。それを強く求めてきたのは、ほかならぬJAである。その真意は米価を上げるためだったはず。ところが、いまや政治家によって米価を下げるために利用されているのは皮肉である。
果たして「適正価格」など存在するのだろうか――。これは、小田嶋さんのみならず、ほかの稲作農家も疑問視するところだ。
※本記事の全文(約8800字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年9月号に掲載されています(窪田新之助「『備蓄米の放出は政治家の人気取りだ』プロ米農家の農政への大不満」)。
出典元
【文藝春秋 目次】大座談会 保阪正康 新浪剛史 楠木建 麻田雅文 千々和泰明/日本のいちばん長い日/芥川賞発表/日枝久 独占告白10時間/中島達「国債格下げに気を付けろ」
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