コメの小売価格の高騰に対処するために備蓄米放出を石破政権が決めたのは、今年5月のことだった。こうした政府の動きに、コメ農家からは反発の声が挙がっている。農業ジャーナリストの窪田新之助氏が取材したコメ農家の口からも、辛口コメントが続々と飛び出した。
◆◆◆
「政治家の人気取りのため」
「消費者に安心感を与えるためには良かった」と、まずは一定の評価をするのは、長野県上伊那郡飯島町で水田100ヘクタールを経営する株式会社田切農産代表の紫芝勉(ししばつとむ)さん(64)。その理由は、米価が高騰した要因には実態以上の品薄感もあったとみているから。だからこそ、卸売業者や商社が先食いしたり消費者が買いだめをしたりして、余計に米は足りなくなった。備蓄米の放出は不足感に満ちた世間の空気を緩めるには必要だったという。
ただ、紫芝さんはこうくぎを刺す。「小売価格を下げるためだけの備蓄米の放出は一度限りで止めてもらいたい」。その理由は、需給への突然の政治介入は、農家が米価を見据えながら練っている作付計画を乱すからだ。さらに消費者の立場としても不公平に感じたという。「この辺りのスーパーには備蓄米は並ばないからね。一部の人だけが手にできるのはどうなのかな」
そもそも備蓄米を放出する是非については食糧法で定められ、「その供給が不足する事態」、すなわち緊急事態しか認められていない。だからこそ当初は放出されなかったのではないか。それなのに、明らかに価格を下げることを目的として放出することは、同法の趣旨と異なるのではないか。そう疑問視する声が稲作農家から聞こえてくる。
その1人は秋田県横手市の小田嶋契さん(61)。2014年から2020年まで2期にわたってJA秋田ふるさと(秋田県横手市)の組合長を務め、2018年のいわゆる「減反廃止」後には、実需者の求めに応じて主食用米を増産してきた。退任後は水田7.5ヘクタールで米や葉タバコなどを作りながら、秋田県立大生物資源科学部客員研究員として「米の流通と価格形成」の研究をしている。
「虎の子の備蓄米を放出して、その在庫を減らしてしまい、放っておけばいずれ民間には米があふれかえるだろう。こんなおかしな状態にしてしまったことを、国はこれからどう整理するのか。備蓄米を放出したことは、政治家の人気取りのためだったように受け止めている」

