『鴨川ホルモー』でのデビューから、『鹿男あをによし』、『プリンセス・トヨトミ』、『八月の御所グラウンド』と大ヒット作を世に送り出し続ける作家・万城目学さん。万城目さんが日常の「面白い」を鋭く切り取ったエッセイ集『万感のおもい』(文春文庫)から、森見登美彦氏、綿矢りさ氏とともに、“あの作家”を訪問した日を描いた一篇「雨のむこうのふしぎな家」を転載します。
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二〇一七年七月、私はときめきと戸惑いをこの胸に忍ばせ、はじめて訪れる駅に降り立った。改札を出ると、そこに作家の森見登美彦氏と綿矢りさ氏が立っていた。
駅の外は猛烈なゲリラ豪雨に見舞われ、いったいどういう街なのかまったくうかがうことができない。緊張ゆえに言葉少なな三人の前に、迎えの人が現れた。雨の中を駆け走り、車に乗った。それから車はどしゃぶりの雨を抜け、目的地へと向かった。まるで映画『ゴッドファーザー』でドン・コルレオーネの館に招かれる客人の心持ちのまま、「着きました」というドライバーの声に車を降りた。
そこは京極夏彦邸だった。
「京極邸で近ごろ流行りのボードゲーム大会を開く」
それまで小説家のお宅を訪問した経験は一度もなかった。それが森見氏と綿矢氏と三人で門を潜ることになった不思議。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
とは京極氏の作品に登場する名文句であるが、ものごっつい不思議な状況である。
なぜ、こんなお宅探訪が実現したのか。
事の次第はこうである。
ある日、文芸誌を読んでいたら、大ベテラン作家が、
「最近の若い作家は、同じ世代とばかりつるんでいる。それでは世界が広がらない。年上の作家からもっと話を聞け」
といったことを述べていた。
まったくそのとおりだと深く首肯した私はさっそく行動に移った。
拙著『パーマネント神喜劇』が刊行された際に、その執筆のきっかけを与えてくれた人物として、京極夏彦氏と対談する機会を得た。
その折、はじめてお会いする京極氏からいただいた「またお会いしたいですね」という社交辞令の言葉を、あえて額面どおりに受け取り、
「京極邸で近ごろ流行りのボードゲーム大会を開く」
という無謀な目標に向かって走り出したのである。
そこで声をかけたのが前出の森見登美彦氏と綿矢りさ氏だった。ともにつつしみ深い性格の持ち主ゆえに、
「本当にお邪魔していいんでしょうか?」
と当然の反応を示してくる。
そこで森見氏には、
「綿矢さんは行くと言っているので行こうゼ、京極邸!」
とメールを送り、同じく綿矢氏には、
「森見さんは行くと言っているので行こうゼ、京極邸!」
とメールを送り、さらに京極夏彦氏に、
「森見さんと綿矢さんもぜひと言っているので、みんなでボードゲームしましょう!」
と全方位に空手形を濫発した結果、本当に実現の運びとなったわけである。
「ようこそ、いらっしゃいました」
貫禄ある和装に指ぬきグローブという、いつもの組み合わせで、玄関に出迎えてくれた京極氏が案内してくれたその邸宅は、まさに作家にとってのディズニーランドだった。背の高い書棚が四方の壁面を覆い、古今東西の知識で埋め尽くされていた。さらには膨大な数の水木しげるグッズに妖怪関連の資料。その桁違いな規模の大きさを前に、ひとつずつ文字を並べ、こつこつ文章を紡いだ結果、こんな富を生み出すことが可能なのか、と私はひたすら圧倒された。その隣では森見氏と綿矢氏が、
「一週間、ここで過ごせそう」
と感嘆のうなり声を漏らしていた。
その後、和気藹々とボードゲームに興じた。
掛け値なしに、作家になっていちばんの不思議な時間を過ごした思い出である。

