『あの子とQ』(万城目学 著)新潮社

 以前、万城目学氏にインタビューした際、好みのファンタジーについて話してくれたことがある。ファンタジーには「(1)ドラゴンがいるのが当然の異世界の話」「(2)ドアを開けてドラゴンがいる世界に行く話」「(3)現実の日常にドラゴンが存在している話」があり、自分は(3)が好みだ、と。確かに著作の多くは、現代社会に暮らす主人公が否応なしに不思議な出来事に巻き込まれ、問題解決のために奔走する姿で読ませる。

 新作『あの子とQ』もまさに、(3)に当てはまる長篇だ。ただし、日常にいるのはドラゴンではなく、ヴァンパイアである。

 吸血鬼一家の一人娘、嵐野弓子は16歳。といっても人の血を吸うこともなく、いわゆるごく普通の高校生だ。だがある朝、目の前に巨大なウニのようなトゲトゲの生き物が出現。「Q」と名乗るそれは、弓子が次の誕生日を迎えるまでの10日間、彼女を監視するという。

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 現代の吸血鬼は17歳になると「脱・吸血鬼化」の儀式を受けて血への欲望から解放され、人間社会に溶け込んで生きていけるようになる、という設定だ。儀式を受けるためには、その人物が人間の血を吸っていないという監視役・Qの証言が必要で、弓子の両親も過去に同様の審査と儀式を受けてきたらしい。

 不気味な姿でつきまとうQが不快であるものの、弓子にとって審査は楽勝のはずだった。しかし大親友のヨッちゃんの恋を応援してダブルデートに出掛けた日、とんでもない事故が起きてしまう。そして……。

 結果、彼女は冒険へと身を投じることになる。それも、仕方なしにではなく、他者のために自発的に危険な行動を起こすのだ。つまり本作は巻き込まれ型ではなく、巻き込み型。しかも弓子は、大事故の後に起きた不可解な現象の謎を探る、探偵役も兼ねている。

 荒唐無稽な世界観が万城目作品の魅力だが、もちろん「なんでもアリ」ではなく、世界観を成り立たせるために緻密な設定やルールが作中に施されている。制約があるからこそ、主人公に何ができるのか、その創意工夫で読ませるのだ。本作でも吸血鬼たちにはさまざまなルールが課されている。それに従わない者に厳罰が下される窮屈さは、現代社会の一度失敗した者に対する仮借のなさと重なるかのよう。だからこそ、ルールに異を唱えて新たな打開策を探っていく弓子の姿がなんとも痛快だ。

 Qはもちろん、のほほんとした両親をはじめ脇役もみないい味を出しているが、なかでも脱力させるのが親友ヨッちゃん。どんな時も我が道をゆく彼女と弓子とのやりとりが実に楽しい。そんなヨッちゃんとの友情、そして奇妙な形で育まれていく弓子とQの関係が少しずつ胸に迫ってくる。時に大笑いし、時にハラハラしながら読み進めた先、終章(エピローグ)の数ページには、はからずも胸が熱くなった。

まきめまなぶ/1976年、大阪府生まれ。2006年、『鴨川ホルモー』で作家デビュー。小説に『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』『バベル九朔』『パーマネント神喜劇』『ヒトコブラクダ層ぜっと』等、エッセイに『べらぼうくん』『万感のおもい』等がある。

 

たきいあさよ/1970年生まれ。ライター。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』。