読者の常識を転倒させること。これが村田沙耶香という作家の得意技だ。芥川賞受賞作『コンビニ人間』では「自分らしさ」を進んで放棄し、マニュアル厳守のコンビニ店員として自身を最適化させる主人公をコミカルに描いたが、『生命式』にも強烈な登場人物が次から次へと登場する。
たとえば「素敵な素材」では、骨の指輪、歯のピアスなど、人間由来の素材を使用した装飾品が人々の欲望の対象となっている。人毛で編まれた黒光りするセーターをナナはローンで購入し友人に羨まれるが、婚約者のナオキには否定される。〈不気味だ、身の毛もよだつよ〉
読者は、ナオキの嗜好=思考こそ正常と、彼に肩入れするだろう。しかし私たちはカシミアのセーターやシルクのシャツは上質なものとして愛好している。あるいは、臓器移植や角膜移植のための、死後の臓器・眼球提供を善なることと考える人は多い。であれば、黒髪セーターと臓器移植をへだてる世間的な常識とはなんなのかと、ふと考えさせられはしないだろうか。どちらも人間の一部分のリサイクルであるのに相違ないのでは、と。物語の後半、ナオキは亡き父親の(ホクロや傷痕の残る)皮膚で作られた結婚式用のベールを目の当たりにする。感動的、それとも醜悪? 答えは読者に委ねられる。
もっとストレートに文化人類学的なタブーである人肉食をテーマとするのが、表題作「生命式」だ。葬式のかわりに死んだ人の肉をみんなで食べる「生命式」が一般化し、さらに式に集った者たちのあいだで合意形成した男女が受精(生殖行為)をするこの世界で、真保は心の内で悪態をつく。〈本能なんてこの世にはないんだ。倫理だってない。変容し続けている世界から与えられた、偽りの感覚なんだ〉
そんな彼女が、仲のよかった山本の事故死に伴い、遺族と人肉をあれこれアレンジしながら調理し、じっくり味わうシーンは圧巻。近親相姦とならんで現代の最大の禁忌のひとつである人肉食が、慣習の問題でしかないかもしれないと思わせるあざやかな作品だ。
その他、70代の女性二人の、血縁も性愛も介在しない親密関係のさりげない一瞬を切り取った「夏の夜の口付け」、自然からの恵みで豊かな田舎暮らし、という世のロハス的あこがれを無効化する「街を食べる」など、テイストは異なるが、いずれもハッとさせられる全12篇が収録されている。
「生命式」には、〈この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶんだ〉という一文がある。社会規範からハミ出る人々を糾弾する同調圧力が高まっている現代の日本で、必要とされるのは本書のような作品だ。あなたの価値観はどこからきたのか、それは絶対的に揺るぎなきものなのかと、村田沙耶香はくりかえし私たちに問うてくる。
むらたさやか/1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」で群像新人文学賞、16年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『殺人出産』『消滅世界』『地球星人』など。
えなみあみこ/1975年、大阪府生まれ。書評家、近畿大学非常勤講師。著書に『世界の8大文学賞』(共著)など。