『地球星人』(村田沙耶香 著)

『地球星人』の主人公は、芥川賞受賞作『コンビニ人間』の主人公同様、小学生時代に自分の世界観を完成し、以後三〇代までそれを同じ形で保っている。

 同作の主題をさらにブラッシュアップした本作を読み、おもしろすぎて困りつつ、大喜びしながら、同時にこの僕を含む人間=地球星人という生きものを気持ち悪いと感じもした。

 小学校五年生の〈私〉奈月は心中ひそかにポハピピンポボピア星の魔法警察によって選ばれた魔法少女を自認している。いっぽう、毎年夏休みに長野の山奥で会うだけの同学年の従兄・由宇(ゆう)は、自分を宇宙人に違いないと思っている。ふたりはその秘密を共有する。

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 翌年の夏、奈月は性暴力に襲われる。そして彼女はその後の人生を決定づけるふたつの激烈な行動に出ることとなる(ネタバレを避けるとこう書くしかない)。

 それから二〇年以上経った。三〇代前半の奈月は、自分同様に人との肉体的接触を忌避する智臣と、世間=人間工場の目をすり抜けるためという目的の一致した結婚生活を続けている。

 人間工場の労働者である地球星人たちは、恋愛せよ結婚せよ子どもを作れ、という圧力をたがいにかけあっているのだ。善意で。

 やがて彼らのもとに、交尾と繁殖とを自他に強要する〈地球星人〉たち(奈月の母や姉を含む)の魔手が迫る。奈月たちは〈いきのびる〉のか、それとも地球星人に変えられてしまうのか。

 僕ら日本在住の地球星人は昨今、少子化を憂えたり恋だの家族愛だのを甘ったるく讃えたりするのに忙しいが、そんな僕らを苛つかせる切実なフレーズもさらっと仕掛けてくる。〈常識に守られると、人は誰かを裁くようになる〉、〈大人は子供を裁くけれど、私からすると大人も裁かれている〉とか、〈母はパートもしているし、姉と私を産んで生殖器としての役割も果たしている。そういう立派な人は、きっと疲れているのだ〉など。

 おとなになった由宇が再登場してからの展開のタガのはずれかたはドライヴがかかる。村田さんの小説を読んだことがない人こそ、最初に本書を読んでほしい。

 と地球星人ヅラして評してきたが、僕は長いあいだポハピピンポボピア星人だった。いまは地球星人として生きている。自分の子どもがかわいい! という地球星人的歓喜と、力ずくで地球星人に変えられてしまった悲しみとが、矛盾したまま僕のなかでいまも共存している。

 僕は負けたが、奈月たちが僕のぶんまで戦い続けてくれるのを読むのは心強い経験だった。

むらたさやか/1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞してデビュー。13年「しろいろの街の、その骨の体温の」で三島由紀夫賞、16年「コンビニ人間」で芥川賞を受賞。著書に『殺人出産』『消滅世界』など。
 

ちのぼうし/1965年生まれ。文筆家、俳人。公開句会「東京マッハ」司会。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』など。

地球星人

村田 沙耶香(著)

新潮社
2018年8月31日 発売

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