人生という物語の最後の一行を未来へのエールに
紛争や貧困、気候変動、社会からの孤立……。現代の社会課題は複雑化し、その解決は困難を極めます。本企画では、それぞれの専門性を持って社会を変えようと奮闘する団体を紹介します。あなたの応援が、取り組みの大きな力になります。
「寄付」をもっと身近に、もっと自由に
遺贈寄付が広げる社会貢献の形
死後に財産の一部を社会貢献のために寄付する「遺贈寄付」が、少しずつ広がりを見せている。 遺贈寄付を、誰にでもできる自由な寄付の形として普及させている日本承継寄付協会代表理事の三浦美樹さんに、遺贈寄付の現状を聞いた。
代表理事
三浦美樹(みうら・みき)さん
2011年に司法書士事務所を開業し、相続専門の司法書士として2,000件を超える相談を受ける。2019年に日本承継寄付協会を設立。遺贈寄付の全国実態調査や、遺贈寄付ガイドブック「えんギフト」を発行するなど日本における遺贈寄付文化創造に尽力。共著書に『相続に係る専門家のための遺贈寄付の実務』(税務経理協会)など。
日本では1年で約160万人の方が亡くなり、相続のタイミングで動く資産は年間約50兆円に上ると推計される。このうち1%でも遺贈寄付として社会貢献へまわすことができれば、社会に大きなインパクトを与えることが可能だ。日本承継寄付協会では2020年から「遺贈寄付に関する実態調査」を実施し、遺贈寄付に対する意識や行動の変化を追っている。
最新の2025年度調査によると、遺贈寄付の認知度は直近2年間で10.5ポイント上昇し、全体で63.8%と、本調査開始以来最も高い数字となった。特に70代では84.5%に達した。一方で「具体的な内容まで理解している」と答えた人は全体のわずか7.4%に留まった。
「遺贈寄付という言葉は広がってきましたが、内容の理解はこれから。『遺贈はお金持ちがするもの』『今は寄付するほどの余裕がない』という誤った認識から遠ざけている方がまだ多いのです。遺贈寄付は、誰にでも実現できる自由な寄付だと知ってほしいですね」と日本承継寄付協会代表理事の三浦美樹さんは話す。
一人ひとりに合った寄付のあり方を選べる
「法律で法定相続人や遺留分などが細かく決められている相続と比べ、遺贈寄付は自由度が高く、何を、だれに、どれだけ寄付するかにおいて決まりはありません。小さな金額で寄付できますし、亡くなった後に残ったお金から寄付をするので、老後資金を減らす心配もありません。一人ひとりに合ったやり方を選択できる、柔らかい寄付の形です」
遺贈寄付は富裕層が行うものと考えられがちだが、同調査では、保有資産の多寡は遺贈寄付への意向にはほとんど関係がなかった。保有資産「100万円~5000万円未満」の層の半数(平均で55.5%)が遺贈寄付に前向きだ。
「コツコツ働いて資産を築いたうえで、少しでも誰かの役に立ちたい。こう考えている人こそが、遺贈寄付の裾野を広げていく中心になっています」と三浦さんは話す。
7割以上が遺言書未作成
ハードルを越える後押し
遺贈寄付は遺言書を活用して意思を示すのが一般的だが、日本ではまだ遺言書へのなじみが薄い。同調査でも、遺贈寄付検討者のうち、遺言書作成の必要性を感じながらも未実践であると回答した人が74.8%を占めている。三浦さんは「遺言書を作りやすい環境を整備していくことは、課題の一つです」との認識を示した。
そこで同協会では遺贈寄付のための遺言書作成を支援する「フリーウィルズキャンペーン」を毎年実施している。これは遺言書の中に一定額以上の遺贈寄付の文言を含めることを条件に、作成費用として最大10万円を助成するというもので、2025年度キャンペーンで作成予定の遺言書の遺贈寄付の総額は58億円を超える見込み。
「家族に財産の大半を引き継ぎ10万円だけ寄付をするという方もいれば、財産のすべてを寄付したいという方もいました。小さな善意の積み重ねが、大きな力になっています。2026年度キャンペーンは9月から実施予定ですので、遺言書作成を検討している方にぜひご利用いただきたいと思っています。相続や終活を考える際、遺贈寄付が当たり前の選択肢となるように力を尽くしていきます」
正しい情報との接点が不安解消の鍵
遺贈寄付への関心が高まる一方で、寄付先選びに慎重になる傾向が強まっている。三浦さんは「認定NPO法人や公益財団法人には厳しい会計ルールがあり、ウェブサイトなどで活動内容などを公開しています。まずは正しい情報との接点を持っていただくことが、不安解消の第一歩です」と話す。
実際、過去に寄付をした経験がある人は、各団体の活動実態をよく分かっているためか、遺贈寄付にも前向きな傾向がある。寄付先に不安がある場合は、一度少額で寄付をして団体側とコミュニケーションを取り、活動報告などに目を通してみるといいだろう。
このほか子どもがいないなどの事情で全財産の寄付を希望する場合も、団体側と情報交換をしておくほうがいいという。
「全財産の遺贈寄付は、負債などを含む可能性があるため、受入が難しいケースがあります。思いが無駄にならないよう、ぜひ事前相談をしておきましょう」
人生に誇りと満足感をもたらす
遺贈寄付の効果は、社会貢献だけではない。寄付を決断した本人にも、誇りと満足感を与える。
「調査では寄付経験者や遺贈寄付を検討している層は孤独を感じにくく、人生の満足度が高いという結果が出ています。充実した日々を送っている方が寄付する傾向もあるかもしれませんが、実際に遺贈寄付された方からも満足したというお声をいただくことが多いです。人生を振り返り、感謝の想いを込めて選び取る遺贈寄付は、その方の人生が確かにあったことのあかしになるのだと思います」
【大学編】あなたの意思が、次の時代の礎になる
地球規模の課題解決が求められる現代社会において、大学が持つ研究力や、そこで育つ学生たちは、社会の未来そのものといえるだろう。大学を取り巻く経営環境が厳しさを増していくなか、日本の知的創造力を養うために、寄付ができることを考える。
お金の制約が挑戦を諦めさせる
大学に求められる役割は、今、かつてないほど多岐にわたっている。世界的な研究を進める拠点、地域社会に貢献する職業人の育成、次世代をけん引するリーダーの育成など、さまざまな機能が求められている。しかし大学が研究や教育のための高度なインフラを維持・更新していくのは容易ではない。
光熱費や設備投資費が固定費を押し上げる一方で、公的支援は十分とはいえない。例えば私学助成金は長年ほぼ横ばいで推移している。少子化に伴って学生数が減少していけば、今以上に経営は困難になっていくだろう。独自資金を獲得するためにどの大学も苦慮しているが、すでに私学の半数程度は赤字とされる。資金的な制約によって、研究者たちが挑戦を諦めたり、学生たちが学びの選択肢を狭めざるを得ない状況は、未来の芽を摘むことに他ならないだろう。
一人ひとりの寄付が知の基盤を築く
限られた公的支援を有効活用しつつ、教育研究の質を維持・向上させるための方法として、今、遺贈や寄付が注目されている。欧米では大学への寄付が盛んで、米国のハーバード大学やスタンフォード大学では数兆円の寄付金を基金で運用し、財政基盤を確かなものとしている。厳格に使途が決まっている研究資金とは異なり、寄付は大学がその建学の理念や価値観に応じて、自由に使い道を設定できる。大学がその時々で必要とする新しい研究機材の導入や経済的な壁を取り払う奨学金支援、さらには若手研究者の挑戦を支える環境作りなど、使い道はさまざま。寄付者一人ひとりの意思が重なって課題を解決する力となり、社会を変えるイノベーションを加速させる。
日本承継寄付協会代表理事の三浦美樹さんは「遺贈寄付では、母校の大学や、文化芸術、生まれ育った地域など、人生の記憶に根ざした分野の比率が高まる傾向にあります」と話す。一人ひとりの寄付が重なり合うとき、日本の未来を開くための強固な知の基盤が築かれる。大学への支援は、明日の日本へのエールとなる。