安室奈美恵やSPEEDを輩出した沖縄アクターズスクール出身のAKINAさん。三浦大知や満島ひかりとともに「Folder」のメンバーとしてデビューし、現在は歌手・俳優として活動を続ける彼女は、プライベートではお笑い芸人のビビる大木さんと結婚した2児の母でもある。
そんな彼女が語った夫婦のエピソードは、予想の斜め上をいくものばかりだ。大木さんを好きになったきっかけは「テレビのチャンネルを変えている姿」、ラブレターは「ヤフー知恵袋」で書き方を調べ、ニューヨークでのプロポーズでは緊張のあまり鼻血を出したという。AKINAさんのパワフルな恋愛観と、大木さんとの出会いや結婚までのエピソードをライターの徳重龍徳さんが詳しく聞いた。
「自分で人生を決めている」チャンネルを変える姿に惹かれて…
AKINAさんとビビる大木さんの出会いは、「キャイ~ン」の天野ひろゆきさんが主催する「天野会」だった。2人は番組で共演したこともあり、もともと面識はあったものの、本格的に話すようになったのはこの会がきっかけだ。AKINAさんが大木さんに惹かれたのは、2回目の「天野会」。なんと大木さんが「テレビのチャンネルを変えている姿」を見た瞬間だったという。
「その時テレビではバラエティー番組が流れていたんですよ。けれど大木さんは野球が大好きなので、チャンネルを変えていたんです。そこに『この人は自分で人生を決めている』と感じたんです。だって普通、先輩の家ではなかなか遠慮してチャンネルを変えにくいじゃないですか。そこを大木さんは『俺は野球だ』と変えていて。わが道を行くじゃないですけれど、大木さんのすごく素を見た感じがしたんですよね」
そこで「わっ、この人と結婚したら幸せになるんだろうな」と直感したというAKINAさん。一度好きになったら行動は早い。当時23歳だった彼女は、ラブレターを書いて大木さんに告白することを決意する。ラブレターの内容について相談したのは「ヤフー知恵袋」だったというから驚きだ。
ネットでもらったアドバイスを参考に「私と付き合ってくれませんか?」とストレートに綴った手紙を渡したものの、11歳の年齢差もあってか、受け取った大木さんは……。
「戸惑っていましたね(笑)」
AKINAさんが返事を催促しても「ちょっとまだよくわからないから」という曖昧な言葉が返ってくるばかり。しかしラブレターを渡してから1ヶ月半後、諦めかけた頃にようやく大木さんからも手紙で返事が届き、交際がスタートした。
鼻血を出しながらのプロポーズ、返事はなんと2週間後
順調に交際が続き1年半が経った頃、AKINAさんは大木さんにプロポーズすることを決意する。一般的には女性からプロポーズすることは珍しいとされるが、どんな思いがあったのだろうか。
「向こうから『結婚しよう』という言葉は求めてなかったかもしれないです。それよりも自分の気持ちが熱かったというか。若かったっていうのもあって『今の私の気持ちを早く出したい』みたいな感じでした(笑)」
決行の地は、2人で旅行したニューヨーク。当初はメトロポリタン美術館で伝える予定だったが、緊張で言葉が出ずタイミングを逃してしまう。
「ニューヨークでプロポーズできなかったら、私はもう一生言えないし、大木さんともう結婚できないかも」そう思ったAKINAさんは、映画『セックス・アンド・ザ・シティ』の舞台でもあるニューヨーク公共図書館で、ついに思いを伝えた。プロポーズの言葉は「私とよかったら結婚してくれませんか?」だ。
しかし、大木さんの返事は「それを考えてこれからやっていきましょう」という、その時のAKINAさんにはイエスかノーか分からない曖昧なものだった。「えっ? どういう意味なんだろう?」と混乱する中、プロポーズの恥ずかしさから顔を上げられないまま店に入り、トイレで鏡を見たところ、なんと鼻血が出て固まっていた。
「興奮ですごく血圧が上がっちゃっていたんだろうなと思います。『よくこんな顔でプロポーズできたな』と思って。ただ、もしかしたらこの後、プロポーズの返事があるかもしれないじゃないですか? こんな汚い顔じゃダメだ、キラキラしていないとと思って、急いで鼻血を拭いて、厚化粧をして。それで大木さんのところに戻って、そこからはもうずっと緊張したまま。もうお腹も痛くて(笑)」
<つづく>
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大木さんからのプロポーズの返事は一体いつもらえたのか? 両親への頼もしい挨拶から出産時の思わぬハプニング、所属していたグループ「Folder」「Folder5」に対する思いや12歳でデビューするまでのまさかの裏側など、AKINAさんへのインタビューの本編は以下のリンクからお読みいただけます。


