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安室の原点
安室奈美恵が「自分のスタート地点」とし、「有頂天になったりするいろんな自分を初心に引き戻してくれる」という特別な場所が、沖縄なのだという。今回、私は「四十歳の引退 安室奈美恵愛される理由」(「文藝春秋」10月号)を寄稿するにあたり、彼女を育んだ沖縄や多くの関係者を取材したが、上記の彼女の言葉どおり、故郷に対する強い愛情とその裏返しとなる反発心、帰りたいけれど戻れない気持ち、そんな彼女の複雑な思いが少しだけ理解できたような気がした。
南国の焼けるような日差しを浴び、片道1時間以上かけて小さな歩を進めダンスレッスンへ通った少女時代。その道程を辿ることで、いつかスターになる日を夢見た少女の呼吸がかすかに聞こえてきそうだった。以前、山口百恵が少女時代を過ごした横須賀を取材で訪れた際、海が見える急な坂道を登り降りしたときも同じ感覚をおぼえたような気がする。
山口百恵と同じく母親の手ひとつで育てられ、その母親を心から愛した安室だったが、デビューを目指して上京する日の朝、母親から「東京へなんか行っちゃダメ」とボストンバッグを奪い取られる。「行く」、「行かないで」の悶着のあと、頬をつたう涙を拭きながら「私、絶対に成功してみせる」と意地を見せた安室。決意の底には不安が渦巻いていた。しかしやがて彼女は運命的に、日本中だれもが知る“歌姫”となり、栄光を手にした。
そしていま、彼女にとって遠い過去だったかもしれない沖縄が、歌手引退という大きな節目であらためて“安室奈美恵を生んだ原点”として浮かび上がった。