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 今、トランプ米政権は、北朝鮮の非核化を強く求めている。再び経済制裁も強化するだろう。正恩氏は5日、訪朝した韓国特使団に対して「米国が相応の措置を取れば、我々も積極的に対応する」と語った。何が何でも南北協力を進めたい韓国政府は「正恩氏が非核化の意思を再確認した」と騒いだが、何のことはない。従来の「同時行動の原則」を繰り返し、「米国が譲歩しない限り、自分から非核化の対象リストやタイムスケジュール表を提出する考えはない」と主張したに過ぎない。金正恩体制はこうやって、非核化の意思を示しつつ、のらりくらりとした対応で、怒る米国をやり過ごそうとする可能性が高い。正恩氏は34歳。82歳まで生きた祖父の金日成国家主席の寿命に至るまでは半世紀近くある。

サケ養魚所を視察 ©共同通信社

 それでも、正恩氏の「野心」にはつけ込む隙がある。たとえば、朝鮮中央テレビは6月12日にシンガポールであった米朝首脳会談のわずか2日後、会談の記録映像を公開した。過去であれば、公開までに数カ月はかけたはずだった。会談が結果的に失敗に終わったり、随行者の中に政治的に粛清される人物が出てきたりすることに備える必要があるからだ。

 しかし、「米国の指導者と握手をした自分を早く民衆に見せたい」「指導者としてのカリスマを早く得たい」と願う正恩氏の思惑はそれを許さなかった。おそらく、北朝鮮市民のなかには「当局は制裁が解除されると言っていたのに、話が違うではないか」と思っている人が相当数いるはずだ。

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「うちの元帥様は突っ走る」

 北朝鮮は米国が何もしないうちに、豊渓里の核実験場を爆破し、抑留していた米国市民も解放した。韓国政府などはこれを「正恩氏の確固とした非核化の意思の表れ」と説明しているが、実態は少し異なる。7月、日本政府と極秘接触した朝鮮労働党統一戦線部の金聖恵統一戦略室長はかつて交渉相手だった韓国政府当局者に「うちの元帥様はすごい。こうと決めたら恐ろしいほどの勢いで突っ走る」と自慢したことがある。父親と違い、すぐに走り出す。だから、核実験場も爆破した。自分の戦略が通用し、米国に勝利できると信じ込んでいた。

 正恩氏は5日の韓国特使団との面会で、相変わらず、トランプ米大統領との信頼関係は揺らいでいないと強調した。これは自ら首脳会談を主導してしまった以上、トランプ氏を批判することが即ち、自分の過ちを認めることにつながることを恐れているからだ。今後も、トランプ氏が正恩氏を非難しない限り、正恩氏はトランプ氏とのダンスに付き合うだろう。米ホワイトハウスは11日、正恩氏の要請で、2度目の米朝首脳会談の調整が始まっていると明らかにした。

 一見、北朝鮮のペースにはまった感があるが、正恩氏も危うい橋を渡っているのだと、私は思っている。

「歴代の米大統領ができなかったことをしたい」というトランプ米大統領の政治欲が突き動かしたシンガポールでの米朝首脳会談はひどい代物だった。それでも、北朝鮮を変化させる大きなきっかけを作ったと、後世で評価される可能性も依然残っている。

 今、私たちに求められていることは、史上初の米朝首脳会談が生み出したこの流れを、トランプ氏と正恩氏だけの「政治ショー」に終わらせないための努力だろう。

 北朝鮮を侮ってはならないが、絶望も禁物だ。