富山県で名を轟かしたレディースチーム「音速天女」の初代総長を務めるも、傷害で少年院へ送られた過去を持つ総長しおりさん(36)。
約2年間の収容を経て、現在はスナックを経営しながら2人の子どもを育てている。当時の行為については深く反省し、更生の道を歩んでいるという。
その穏やかな表情からは想像もつかない荒れた青春の背景には、複雑な家庭環境と、中学時代に経験した凄絶なリンチ事件があった。
しおりさんが育ったのは、シングルマザーの母親と2人暮らしの市営住宅。実の父親の記憶はなく、週末だけ会いに来る育ての父が唯一の父親のような存在だった。水族館によく連れていってくれたことから、幼い頃は親しみを込めて「イルカのおじちゃん」と呼んでいた。
しかし、しおりさんが小学校4年生になる頃、思春期に差し掛かると関係は一変。些細なことで手を出されるようになり、心の中では「なんで血も繋がってないお前に怒られんなんのよ」と反発しながらも、ただ耐えるしかない無力な日々だったと振り返る。
ヤンキーの道へと足を踏み入れるきっかけは、中学時代に先輩から受けた集団リンチだった。
「1回死んでいるようなものですから」
中学2年生の夏、地元の祭りで先輩に「挨拶せんかった」という些細な理由で目をつけられ、11人からの集団リンチを受けた。人気のない場所に連れ出され、一方的に蹴られ、殴られ、タバコの火を腕に押し付けられる根性焼きは10箇所以上に及んだ。
体中が痣だらけになり、しばらく制服も着られないほどの傷を負ったが、警察に被害を届けるという選択肢はなかった。「そんなことしたら、報復でまたやられるから」。その恐怖が、彼女に「やられるくらいなら、やる側になってやる」という強烈な覚悟を決めさせた瞬間だった。
しおりさんは当時をこう語る。「11人からリンチ食らっとるぐらいなんで、怖いものなしでした。ほんと、1回死んでいるようなものですから」。
この事件を境に、しおりさんの学校生活は崩壊した。中学2年、3年の通信簿はオール1どころか、評価不能を意味する空欄。もはや学校は勉強する場所ではなく、給食を食べるためだけに通う場所となった。髪を金髪に染めると教室に入れてもらうことすらできず、授業中は保健室で時間を潰したという。大人への不信感と社会への反発心を抱え、壮絶な孤独の中でしおりさんは徐々に、誰も止められない孤高の存在へと変わっていった。
現在、当時の行為を深く反省し、更生の道を歩んでいるしおりさん。インタビュー本編では、暴走族入りの経緯や少年院での日々についても詳しく語っている。
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