面会室でのいきなりの恫喝
そのとき私は40歳、孝紘は22歳である。彼の素行の悪さについては、事件発生時の周辺取材で耳にしており、実際に会ってみたらどんな男なのだろうと、楽しみにしていた。そんな期待に違わず、私は福岡拘置所の面会室でいきなり恫喝されるという、予想外の挨拶を受けることになる。
「きさんか? つまらん記事ば書いとうとは。俺が捕まっとう思うて舐めとったら、タダじゃおかんぞ、こんクソが……」
刑務官に連れられて姿を現した孝紘は、先に入って待つ私の正面に座るやいなや、アクリル板越しに私を睨めつけ、脅しの言葉を発したのだった。
実生活で初めて会った男から、いきなりそう言われると怖いが、ここは拘置所であり、彼の背後には刑務官がいる。さらにいえば、私と彼の間は硬いアクリル板で仕切られていた。そのため肌が粟立つようなことはない。
まず恫喝するというのは、彼のいる世界での常套手段なのだろうと思った私は、できるだけ落ち着いた声で言う。
「記事はたしかに私が書きました。けど、今日は孝紘さんから、なにか伝えたいことがあると連絡があったから来たんですよ」
すると孝紘は太い腕を組み、うーんと考え込んだ。その腕の太さは、彼が中学卒業後に相撲部屋にいた過去を思い起こさせる。
「そうったいね。たしかに今日は俺が呼び付けたけん、来よらしたったい。わかった。いまから話すけん、メモば取って」
一瞬ですっかり怒気の抜けた表情になった孝紘は、そう言うと話を始めた。それは、私が期待していた事件や裁判についての話ではなく、刑務官に暴言を吐かれたといった、現在の処遇についての不満だった。
私は頷いてメモを取りながらも、これは記事にするのは難しそうだと考えていた。しかし、記事にできないからと切り上げてしまうと、貴重な面会の機会が失われてしまう。
そこで私は、なにか差し入れを希望するものはないかと尋ねた。すると彼は暴力団関係の記事が充実した雑誌名を挙げる。もちろん私に異論はない。それならば明日その雑誌を差し入れると伝え、再度の面会の約束を取り付けたのだった。
ここから私と孝紘との長い付き合いが始まることになる。
じつはこの面会は、彼の一審の判決が出る5日前だった。
※本記事の全文(約4000文字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(小野一光「『俺が捕まっとう思うて舐めとったら、タダじゃおかんぞ、こんクソが……』」)。
【平成凶悪事件と「その後」】平成16年 大牟田連続4人殺人事件篇
#1 傍若無人な親子4人による、あまりに場当たり的で凄惨な4人の殺害
#2 「俺が捕まっとう思うて舐めとったら、タダじゃおかんぞ、こんクソが……」
#3 死刑囚となった孝紘から、親族でもない私に手紙が届くはずはないのに……
#4 “人は変われる”ということを、私は彼に教えてもらった気がする

