「中学までは、ほぼずっと成績が学年で一番でした」——そう語るのは、2000年代に人気グラビアアイドルとして活躍した瀬戸早妃さん(41)だ。父は塾長、母は小学校教諭という教育一家に育ち、兄2人は早稲田大と東北大へ進学。自身も成績1位だったという“優等生”が、なぜグラビアの世界に飛び込むことになったのか。
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『週刊ヤングジャンプ』の制服コレクションでグラビアデビュー
きっかけは中学3年の春休みに母と訪れた東京だった。竹下通りで、同じ事務所から5回スカウトされたという。「芸能界について本当に何も分かっていなくて」と瀬戸さんは振り返る。
グラビアアイドルという存在すら知らないまま、とりあえず1年やってみようと所属を決め、『週刊ヤングジャンプ』の制服コレクションでグラビアデビューした。
その後、雛形あきこさん、小池栄子さん、MEGUMIさんといった巨乳グラドルを多数輩出したことで知られる「サンズエンタテインメント」へ移籍する。グラビアの名物社長として知られる野田義治社長の目に留まったのは、面接での意外な姿がきっかけだった。
「みんなイケてるギャルだったんですよ。私だけがジーパンにTシャツ、スニーカーの『ザ・イモ女』で。それが逆に野田社長の目に留まったのかな」と瀬戸さんは笑う。
「周りは胸の大きな人がいっぱいの事務所だったので…」
スレンダーな体型は、先輩たちに囲まれて肩身が狭かった。「サンズの先輩たちと撮影をご一緒することもあったんですが、なんかもう申し訳なくって」。事務所は必死に「お尻」を売りにしてくれたが、「周りは胸の大きな人がいっぱいの事務所だったので、悩んだこともありました」と明かす。
それでも年間1000着はビキニを着るほどの多忙な日々を送り、グラビアアイドルとして頭角を現していく。高校時代は仙台から毎週新幹線で上京し、土日に仕事をこなして月曜の始発で戻るという生活を繰り返した。
出席日数が足りなくなっても事務所には伝えず、最終的に大学進学を断念して芸能の道を選んだ。「全部楽しかったけど、全部辛かった」——当時をそう表現した言葉に、彼女の複雑な胸中が滲む。
グラビアデビューから芸能界での葛藤、そしてニューヨーク留学、起業、FP1級取得に至るまでの全貌は、インタビュー本編で詳しく語られている。
〈つづく〉




