俳優の雛形あきこさん(48)が、10月16日に22年ぶりとなる写真集『三原色』(主婦と生活社)を発売した。同書で20歳以来の水着姿を披露したことも話題を集めている。

 1990年代、15歳でグラビアデビューするや「表紙になると雑誌が10万部増える」と言われるほどの人気を集めた雛形さん。だが当時、本人はブレイクの実感がほとんどなく、急展開の連続にも「そういうものなのかな」とあっけらかんとしていたという。

 グラビア界の名物社長・野田義治氏との出会いから怒涛の撮影秘話まで、ライターの徳重龍徳氏が聞いた。

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雛形あきこさん ©志水隆/文藝春秋

ファミレスで「物凄い勢いでハンバーグを…」野田社長との出会い

 雛形さんの芸能界入りのきっかけは、中学生時代に友人の付き添いで劇団に入ったことだった。直後にお昼のドラマに出演し、雑誌取材を経てすぐにサイパンでの写真集撮影が決まるなど、話はトントン拍子に進んでいったという。

 そんな彼女に目をつけたのが、当時グラビア界を席巻していたイエローキャブの野田義治社長だった。雛形さんは自宅に直接電話をかけてきた野田社長と、家の近所のファミリーレストランで対面することになる。

「着いた時には野田さんが物凄い勢いでハンバーグを食べていて。『話をすると聞いて来たのに、ハンバーグ食べているし、本当にこの人かな?』と驚きました(笑)」

 戸惑う雛形さんだったが、野田社長の口から出たのは「この仕事をやっていくなら、俺が一番売ることができる」「やりたいことはやらせてあげる。その代わり、俺のやり方で売らせてくれるか」という熱意あふれる言葉だった。その嘘のない姿勢を信じ、雛形さんは所属を決断する。

行き先も知らされずハワイへ…「普通の中学生の写真を誰が見るの?」

 事務所に所属した翌週には早速撮影のためハワイへ飛んだ。しかし、何をするのか、何日行くかも知らされていなかったというのだから驚きだ。

「荷物をどれだけ持っていけばいいかも分からない。でも『そういうものなのかな』と(笑)。現地に着いたら様々な雑誌のスタッフさんがいて、次から次へと撮影していきました」

 雛形さんは当時15歳。中学生での水着デビューは異例の若さだったが、水着への抵抗は全くなかったと振り返る。

©志水隆/文藝春秋

「逆に『私の水着なんて、誰が見るんだろう?』と思っていました。決して細いわけでもないし、『普通の中学生のこんな写真を見て楽しんでもらえるのかな』という気持ちのほうが強かったですね」

 日本へ戻ると人気は爆発し、多忙な毎日の中で睡眠時間は2〜3時間ほどしか取れなくなった。さらに17歳で歌手デビューも果たすが、実は歌は大の苦手。1年でシングル6枚、アルバム2枚という怒涛のリリースを経た後、「他のことは何でもしますから、歌だけは辞めさせてください」と野田社長に懇願し、潔く歌手活動に幕を引いたのだった。

◆◆◆

 雛形さんはその後、17歳で『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の前進番組『めちゃ×2モテたいッ!』のレギュラー出演が決まり、それから22年のあいだ番組メンバーとして活躍することになる。

 インタビュー本編では、番組プロデューサーに聞いたキャスティングの秘密や、長時間に及ぶ過酷な撮影の裏側などを詳しく語っている。

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