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「転職本」がもたらす癒しとは

このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)

 最近読んだ本のなかでは、北野唯我氏の「転職の思考法」が典型的だった。この本では、お人よしのサラリーマン青野くんが、謎のコンサルタント黒岩と出会って、「転職とは何か」を学び、見事に転職に成功するという物語が描かれている。

 ストーリーの構造としてはハリーポッターとほぼ同じだ。知らない世界に投げ込まれ、そこで秘密の知を手に入れて、成長するという物語だ。

 面白いのは、ハリーポッターが彷徨いこんだのは魔法の世界だったけど、青野くんが投げ込まれたのは「市場の世界」であったことだ。

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 そう、「転職の思考法」では、個人が市場の動向に目を向け、そこでの自分の市場価値を認識し、それを最大化するためのメソッドが語られている。そして、個人が直接市場にアクセスし、生身で市場を生きる存在になることが美徳とされている。

「直接市場にアクセスしろ」と語りかけるビジネス書たち

 確かにこれまでも、私たちは消費者としては市場と向き合ってきた。ライオンとサンスターのいずれの歯磨き粉を買うか、それをイオンで買うか、Amazonで買うか、シビアでタフな選択をしてきた。

©iStock.com

 だけど、お金を稼ぐ立場としては、間接的にしか市場と触れてこなかった。私たちの多くは会社とか組織に雇用される労働者であって、直接的に市場にアクセスする必要はなかった。

 そういう私たちに、「あなたは直接市場にアクセスできるのだ」とビジネス書は語りかける。起業することを促し、副業の考え方を示し、投資のテクニックを教え、転職のメソッドを福音のように告げ知らせる。まるでダンブルドア先生とかマクゴナガル先生がハリーに魔法を教えるみたいに、シリアルアントレプレナーやベンチャーキャピタルのCEOが、私たちに市場の秘密を教えてくれる。

 すると読者は、新しい世界に覚醒する。市場というものを生々しく感じ始める。そして、自分をブランディングし、マーケティングを重ね、マネーを生むビジネスモデルを創造しようと試み始める。

 それが成功するかどうかはわからない。だけど、ただの消費者であり、労働者であった人間は、そのとき資本家・起業家・投資家のポジションから世界を眺め始める。「エビデンス」とか、「ポートフォリオ」とか、「リスクヘッジ」とか、そういうビジネス用語で自分の生を語り始める。

 そうやって、人はこれまでとは違った何者かに変容する。