1月23日、衆議院が解散された。衆院解散の直前、自民党本部は福井2区における高市早苗首相の息子・山本建氏の公認を見送り、前維新の斉木武志氏の支持を決定。解散と同日に山本建氏は無所属での出馬の意向を表明、しかし翌日には一転して会見を開き、出馬辞退を発表した。

 

 異例の“公認見送り”決定とその過程をスクープした「週刊文春」は、事前に高市ファミリーの疑惑を掴み、報じていた。1月21日配信の「週刊文春 電子版」より一部を抜粋して公開する。(前回から続く)

 物価高対策のために必須の予算編成を投げだし、支持率が下がらないうちに選挙を――まさに究極の「自己チュー解散」だ。

©時事通信社

 実は、その象徴と言うべき事態が起きている。息子の出馬である。

 高市氏が結婚したのは、浪人中の2004年のこと。お相手は、山本拓・元衆院議員(73)だ。当時、バツイチの山本氏には一男二女がいた。長男で福井県議の山本建氏(41)が今回、父の地盤・福井2区から自民党に公認申請したのだ。

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結婚披露宴での高市氏、山本氏(高市氏SNSより)

「次は絶対に息子を出したい」と公言するように

 福井2区には元々、山本拓氏と争ってきた髙木毅前衆院議員がいる。

「24年の衆院選では公認争いに決着がつかず、拓さんと髙木さんの両方が出馬、2人とも落選した。拓さんがあえて出馬したのは髙木さんを落とし、長男に地盤を譲る道筋をつけるため。その頃から拓さんは『次は絶対に息子を出したい』と公言するようになった」(後援会関係者)

出馬断念の髙木氏 ©時事通信社

 息子の建氏が県議選初当選を飾ったのは19年4月。鯖江市内で催された後援会の集いに高市氏は颯爽と現れ、声を張り上げた。

「建は私の息子です! 息子をお願いいたします」

 義理とはいえ、互いを「建」「高市さん」と呼ぶ良好な母子関係を築いていた。

 母の威光を背に、建氏は今度は国政に打って出ようとしている。だが、自民党関係者はこう切り捨てる。

「地盤、看板、カバンなしの非世襲で総理に成り上がったのが高市氏の人気の一因ではないのか。実際、彼女はこれまで、世襲に否定的なスタンスを取ってきた。24年9月、NHKの討論番組に出演した際には『世襲の候補者は親とは別の選挙区から出馬すべき』との考えを示し、世襲制限論を披露している。言行不一致も甚だしい」

息子の山本建氏(本人HPより)

 身内のこととなれば旧来の政治家と同じく、結局は世襲を促すのか。まして突然の解散にあわせて出馬するほぼ無名の息子に、代議士の資質はあるのか。高市ファミリーの秘史を検証すると、疑わしい逸話が次々と浮かび上がってきた。

この続きでは▶︎息子のゴリ押し出馬にライバル「総理の息子に逆らえない」、▶︎息子が社長のバイオ会社に夫・山本拓が“利益誘導”、▶︎胡錦濤と会見“日中友好のドン”が息子に献金、出馬支援、▶︎夫の通帳を見て「気絶するほどカネがない」夫婦仲の謎…などのトピックを詳しく報じている。記事の全文は現在配信中の「週刊文春 電子版」および1月22日(木)発売の「週刊文春」で読むことできる》

最初から記事を読む 「もっと有権者に受けるタマはないの」高市早苗首相が周囲に発破…衆院解散前に置かれていた内憂外患の状況「選挙目当てでブレました」