かつて名門と言われた東京女子医科大学の経営トップ逮捕を、新聞やテレビは一斉に報じているが、捜査関係者からのリークを競っている感も否めない。この問題を最初から報道してきた筆者としては、事件の核心とは何か、そして女帝の不正を世に知らしめて逮捕に繋がった勇気ある内部告発者についてお伝えしたい。(全3回の第2回/最初から読む)
女帝が誇る実績は「医療ではなく建築」
女子医大の創立者・吉岡彌生の一族で、佐賀県唐津市出身の岩本絹子容疑者(78)。1973年に女子医大を卒業して、自身の母親と同じく産婦人科医の道を選んだ。
大学院で博士号を取ると、1981年には東京・江戸川区で女子医大の同級生と一緒に、葛西産婦人科を開業する。女子医大で研究や教育に関わった期間は数年程度しかない。
関係者によると岩本容疑者に結婚歴はない。熱烈な宝塚歌劇団のファンとして知られ、トップスターの「おばさま(有力な後援者のこと)」だった時期もある。
2013年、女子医大に強い影響力を持つ、同窓会組織の「至誠会」会長に就任すると、翌年に女子医大の副理事長に就いて、経営の実権を握った。
「身長150センチに満たない小柄な方ですが、威圧感が半端ないのです。ミスがあると大きな声で厳しく叱責されますし、モノをよく投げられました。感情の起伏が激しく、大きな目で睨みつける癖があります。教授でも意に沿わない人や、ライバルになると思われる人は、あからさまな左遷や降格をさせられるので、皆いつも萎縮していました」(女子医大の元職員)
一時期は経営危機に陥っていた女子医大を、徹底したコストカットとリストラによって、黒字化した辣腕経営者として、岩本容疑者は持ち上げられていた。
しかし、実態は180度違うと、現役教授は証言する。
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source : 週刊文春 電子版オリジナル