(きやまゆうさく 歌手。1968年、大阪府生まれ。オーディション番組で合格し、2008年「home」でデビュー。大ヒットを記録し紅白歌合戦に出場。近年では、バラエティ番組でも活躍。自身で作詞作曲を手掛けた「君に贈る歌」やカバー曲を収録したアルバム「贈る歌」が好評発売中。)

メジャーデビューして今年で17年。振り返れば、僕の歌手デビューは、4人の息子たちにとっては良いことばかりではなかったかもしれません。特に長男には、学校でからかわれるなど嫌な思いもさせてしまった。でも彼が高校生の時に「39歳のオッサンが歌手になれるんだから、世の中、何が起こるかわからない。俺も頑張ってみようかな」と言っていたと妻から聞いて。思わず涙が出ましたね。
40歳間近でオーディション番組に出演し、歌手になる夢を叶えた木山裕策さん。家族への思いがこめられたデビュー曲「home」で紅白歌合戦にも出場した。そんな木山さんの“my sweet home”の変遷を辿ろう。原点となったのは、大阪市内の下町にある母方の祖母の家。1968年、木山さんは高校教師の父と美容師の母の間に生まれた。
祖母の家は間口が狭くて奥に長い古い一軒家。祖母はかつて2階の部屋を間貸ししており、そこに学生だった父が下宿していた。それで母と知り合ったというわけです。
母の姉も美容師で、実家の2軒隣の家で美容室を経営していたのですが、結婚して出て行き、母が店を継ぐことに。そして僕が小学生になる頃、両親と僕、1歳上の姉の4人でこの家に引っ越しました。ここも鰻の寝床のような2階建て。通りに面した店の入り口が玄関も兼ねていて、店内を横切って奥の居住スペースに帰るんです。鏡の前に座るお客さんに挨拶して家に入るのが常でした。
リクルートに就職。ローンを組んでマイホームを買った直後にがんが判明
居住スペースの1階には、台所や水回りと和室。奥にある坪庭には、小さな池や紅葉などの木があり、狭い空間でも季節を感じられました。2階には和室が2つ。その1つが僕と姉の部屋でした。成長と共にさすがに姉と同じ部屋というわけにもいかなくなり、美容室を改装して居住スペースを広げ、さらに坪庭をつぶして、その上に1つ部屋を作ったんです。念願の1人部屋がもらえて嬉しかった一方で、坪庭がなくなったのは寂しかったですね。
両親が教育熱心で、書道、水泳、ピアノ、英会話など毎日習い事が詰まっていて、のんびり屋の僕にとっては少しつらかった。そんな日々に安らぎを与えてくれたのが音楽です。誰もいない時間を見計らって、美容室の中心に鎮座していた大きなステレオで流行歌や映画音楽のレコードをかけるのが楽しみでした。
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source : 週刊文春 2025年6月12日号