新・家の履歴書
月曜日更新
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【理論物理学者・佐治晴夫】杉並の生家で培われた星と音楽への憧憬とともに伝えてきた平和への想い。
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【株式会社獺祭会長・桜井博志】酒蔵と一体になった自宅に海外のお客さんを招待する。圧倒的な信頼感が生まれます
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【生物学者・青山学院大学教授・福岡伸一】研究者として一番苦しかった30代、住んでいた寮に植えた桜が今は大木に育ちました。
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【漫画家・バロン吉元】迷子になった新京の街。幼き日の私の目には “魔都”に映った。
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【現代俳句協会会長・高野ムツオ(俳人)】カッコウが決め手となった多賀城市の終の住処。今は妻とベランダ越しの別居中?
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【政治思想史研究者、音楽評論家・片山杜秀】「書庫にできる体育館みたいな家」。ついに積年の夢が叶って……。
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【俳優・田中 健】僕は不動産運がない。だから家は家内の名義。僕は間借り状態です。
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【小説家・長嶋 有】母に連れられて行った会場でくじを引いたら“当たり”が。それで団地に入居できました。
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【詩人・ラジオDJ・漫画家 杉作J太郎】30年住んだ世田谷の2LDKには『タモリ倶楽部』でタモリさんが来たことも。うれしかったなあ。
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【作家・梶尾真治】肥後椿を植えた「百椿庵」。この屋敷の特徴は昼夜問わず“幽霊が出る”ことでした。
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【料理研究家・藤井恵】家賃が払えず実家に居候。貧乏生活でも知恵を絞り食卓を豊かに。
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【元サッカー日本代表選手・中村俊輔】子どもの成長に夫婦の未来。家族の変化に応じて変化する理想の家にしていきたい!
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倒産寸前になったとき、もうダメだと思い妻に言いました。「田舎に帰ってくれないか」|AQ Group代表取締役会長/宮沢俊哉
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人間もクマの変化に合わせて考え方を変えなきゃいけない。ログハウスに籠って研究します。|元「OSO18特別対策班」リーダー/藤本 靖
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知人も親戚も一人もいない長野・松本への移住は、稀有な経験でした(笑)。|ライター/北尾トロ
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5人姉妹を育てた母の教えは、「家は買うもの。そのほうが働く励みにもなるんだから」。|女優/中田喜子
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50代での海外移住は人生最大の選択であり冒険でした。|ミュージシャン、文筆家/猫沢エミ
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家が完成したとき、父は幸せだったと語っていました。ただ当時の私には地獄でした。|エッセイスト・作家/朴慶南
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子供の頃かついだ地元の祭りの女神輿。この祭りこそ、私のオペラでの燃焼、興奮の原点です。|オペラ歌手/中丸三千繪
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引っ越しは「吉方」に20回。子煩悩だった親父が建てた綱島の実家が俺の原点。|俳優/西岡德馬
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