(まついひさこ 映画監督、作家。1946年岐阜県生まれ、東京都出身。雑誌ライター、テレビドラマのプロデューサーなどを経て、98年『ユキエ』で映画監督デビュー。2002年の『折り梅』では2年間で100万人を動員。21年、小説『疼くひと』で作家デビュー、ベストセラーに。最新作は『つがいをいきる』。)

 

 今、次の小説に挑戦中なの。LGBTQの女性カップルが子を産み育てる話。これまで3作立て続けに自分の老いを題材に小説を書いてきたから、そろそろ別のテーマで書きたいなと思って。それと再婚して改めて“家族”についていろいろ考えるようになったんです。昔みたいにガツガツ仕事はできないけど、根っから働くのが好き(笑)。マイペースに書き進めています。

 2021年2月、70歳の女性の性愛を赤裸々に描いた小説『疼くひと』で作家デビューした松井久子さん。続編『最後のひと』は、75歳になった主人公が86歳の男性と出会って再婚するまでの物語。そして最新作『つがいをいきる』では、老夫婦の仲睦まじい新婚生活を描いた。
 そう、実は何を隠そう松井さん自身、2年前に76歳で再婚したばかり。お相手は、13歳年上の思想史家・子安宣邦(のぶくに)さん。「正真正銘、新婚ですよ」と微笑む松井さんの、波乱万丈なこれまでを振り返る。

 生まれたのは岐阜県飛騨市。戦後まもない1946年5月21日です。父方の親戚を頼って両親が疎開していた土地で、3つ上の姉がいました。祖父は父の若い頃にすでに亡くなっていたけど、祖母が一緒でした。気難しい人でしたが、私は赤ん坊の頃、ずいぶん可愛がられたそうです。妙に愛想のいい子だった私のことを「社会の子」と呼んで、あちこち連れ歩いては自慢していたみたいですよ(笑)。

 2歳になった頃、家族で東京に戻りました。それから3歳下の妹、5歳下の弟が生まれて7人家族に。東京で最初に住んだのは、江東区深川の小さな借家です。二間しかない長屋のような建物で、ボロかったし狭かったですね。

 でも、大人になってから一番長く住んだのは下町のこのあたり。富岡八幡宮の夏祭りは、特に懐かしい思い出です。

下町・深川で育った、父期待の才女。芝居に助けられて舞台女優を目指し……

 松井さんの父は、明治末年生まれ。祖父はかなりの成功を収めた事業家だったが、妾宅に入り浸るように。孤独な母親を常に気遣っていた優しい息子だった。
 一方、母は浅草橋の筆屋の娘として何不自由なく育ち、若い頃は「小町」の異名をとるほどの人気者。女学校卒業後には銀座の輸入絨毯店に勤めるなど、ハイカラな女性だった。

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source : 週刊文春 2024年10月10日号