幼稚園児の頃にセーラームーンごっこに夢中だった私は、お姫様とは自分の大切な人を守るために傷だらけになって戦うものだと思っていた。CCさくらを見て育ったから、愛には色々な形があることを、その全てが尊重されうるべきだということを、偏見を持つ前に知ることができた。だから私は『多聞さんのおかしなともだち』を全ての子どもたちに贈りたい。あの頃私が救われたように、今読んだ私が解放されたように、普通なんてないし、みんな普通だし、あなたはひとりじゃないよって伝えるために。
レズビアンの母とその恋人の2人を家族として育ってきた内日は、母の友人たちの中でも最も変わり者な多聞さんに一番懐いている。多聞さんはしょっちゅう人ならざるものとの会話を楽しんでおり、はたから見たら大きな声で独り言を話しているよう。時はたち独り立ちして東京に出ていた内日は、母たちが留守の間に久々に実家に戻る。もし何か、誰かの声が聞こえたら、とかつて多聞さんに教わったように虚空に向かって呼び掛けたところ、不思議な多聞さんの友達が見えるようになった。名前を忘れたというその仔のために色々と話を掘り下げていくうち、内日は母親たちに隠していた自分のセクシャリティと向き合うことになる。
物語冒頭に目に入る丁寧な注意書きから誠実さがひしひしと伝わってくる。内日の独り言や、“多聞さんの友達”とのとりとめのないおしゃべりは、寝る前のまどろみのような浮遊感があり、細かくツッコミを入れながらも、まあそんなこともあるか、とでも言わんばかりに鷹揚に全てを受け入れる内日の姿勢が心地よい。飾らない関西弁の会話に、ひと肌のぬくもりを感じ、何気ないセリフが逐一響く。魔女あり、妖精ありと、夢か現か、境界線の淡い世界観を支えるのが独特で味のあるタッチ。ところどころで滲んだ色合いが水彩画や水墨画のようで、ページごとに爽やかな風が吹き抜けるよう。
実在する映画や本がたくさん登場し、この作品をきっかけにあれもこれも、と手を伸ばしたくなること間違いなし。ずらりと並んだ巻末の参考文献の多さに思わずうっとり。自分と同じように“2人の女と暮らしている子”を物語の中に探していたという内日の様子に、小説の中の登場人物に自分との共通点を見つけ、ひとりじゃないんだと救われていた学生の頃を思い出した。
“多聞さんの友達”を介した自問自答のようなやり取りの果てに、明かされる内日の悩み。それは、クィアな母親たちに育てられ、どんな人を愛そうとも必ず祝福される環境にありながら、誰のことも恋愛という形では愛することができないというもの。母たちを安心させたいと自分を押し殺してしまうその様に共感できない子などいまい。だからこそ、やがて内日と多聞さんの友達がたどり着くひとつの結論になぜだかたまらなく安心し、胸がいっぱいになった。
きっとだれにも分かってもらえない。そう口を噤んでなかったことにして、人の望む“わたし”に合わせていくうちに少しずつ消されていった自分らしさも感情も、いつの日か出会える誰かと共有することができるのかもしれない。いつか今ここにいる自分自身を肯定できるのかもしれない。この作品を読んでいると、そう信じてもいいんじゃないかと思えた。
今夜はベランダに出て、ひとり風に耳を傾けてみようか。ぽつりぽつりと暗闇に向かって思いをこぼせば、多聞さんの友達と出会えるかもしれない。
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source : 週刊文春 2025年7月10日号






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