衝背軍の猛攻を受けて立つ弥一郎。“運命の時”が迫っていた。

 

【前回まで】弥一郎率いる八代口の薩軍は、最前線の将兵の奮闘で、衝背軍の北上を何とか食い止めていた。だが増援により衝背軍の戦力が充実するようになると、薩軍は各地で敗戦、撤退を余儀なくされる。弥一郎はこの劣勢を挽回すべく、要衝の地、御船に入る――本連載は西南戦争で散った永山弥一郎の生涯を掘り起こす「同時進行歴史ノンフィクション」である。

 

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 ()(ふね)は熊本城の東南およそ四里(約16キロ)、熊本平野の最東部に位置する。三方を山に囲まれて盆地を形づくっているが、北西に熊本城を望んで平野が広がり、その中央を御船川が流れている。水陸交通の要衝ゆえの宿命というべきか、この地は古来より度々戦場となり、西南戦争においても戦火は逃れ得なかった。

 明治10年(1877)4月12日、永山弥一郎の姿は御船にあった。

 御船の戦いの意味を知るには、ここに至るまでの西南戦争全体の経過を押さえておく必要がある。

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source : 週刊文春 2025年8月7日号