理想の最期について聞く「私の『大往生』」。第5回は解剖学者の養老孟司氏。今年4月に、昨年患ったがんが再発。「死に答えなんてない」と語る養老氏ががんで実感したこと、そして、病気が現代社会で担う大事な役割とは。

 『バカの壁』『死の壁』などの著書で知られる解剖学者の養老孟司氏(87)。昨年、小細胞肺がんと診断され、今年4月には再発がわかった。「自分の死について考えても仕方ない」と語ってきた養老氏。がん当事者となった今も、その考えは変わらないのか――。

「最期は、自然体でいいんじゃないですかね」

 今は情報化社会ですから、「生と死」をまるでコンピューターの二進数のように1と0で考えている人が多いですね。「生は1であり、死は0である。これはえらい違いだ」と。

 でも、0と1の間は不連続じゃない。人生そのものが0と1の間にあると考えたらどうでしょう。生まれた時を1とすれば、僕なんかもう0.9が済んで、残り0.1。だから僕なんか、もう9割方、死んでるんですよ。

 昨年がんの診断を受けました。異変に気が付いたのは、春。背中に経験したことのない重たい痛みがあり、「これはただの肩こりじゃねーな」と。心配した娘が東大の教え子で医師の中川恵一くんに連絡し検査を手配したというので、東大病院を受診しました。生体検査の結果、下された診断はステージⅡBの小細胞肺がん。まだ治療が可能ということで、すぐに教科書的な標準治療に入りました。

 4日間入院して、抗がん剤を点滴するのを1クールとして、5月から8月まで計4回。僕の場合はこの抗がん剤がよく効いてね。副作用も例外的に全くなく、髪の毛がちょっと減っただけでした。30年前まで医学部にいましたが、その頃に比べたら抗がん剤治療が格段に変わったと感じました。ここまで楽になったのは、医者と患者さんの苦労のおかげでしょう。

 秋からは放射線に切り替え、年末にCTを撮った結果、がんは綺麗に消えていました。おかげで冬の間は定期的に検査を受けるだけで、病気のことは知らんぷりして過ごすことができたんです。

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source : 週刊文春 2025年8月28日号