あれほど気になっていた冷蔵庫のランプの点滅が気にならなくなった。慣れるのだ。赤ん坊が初めてガラガラを見たときの、目を見開いて驚喜する感性は失われるが、その代わり苦しいことは慣れによって軽減されるのだ。慣れを極めれば、部屋の中でビルの解体工事をしていても気にならなくなるのではないかと思う。

 冷蔵庫のランプの点滅をよそに平穏な1日を楽しんでいると、突然、機械音声のアナウンスが部屋に流れた。緊急地震速報のような切迫した口調だ。だが何を言っているのか、聞き取れない。「火事です」ではない。おそらく「地震を感知しました」のように聞こえる。それなら、することは何もない。部屋を片づけていなくてよかった。地震がおこると部屋はごちゃごちゃになるのだ。本箱やテレビのそばを離れるだけだ。だがいつまでたってもアナウンスは止まない。

 何を告げているのか耳を澄ませると、最初は「関西に地震を感知しました」のように聞こえたが、「生活の不安を感知しました」とも聞こえる(どうして分かった?)。また「性格の異常を感知しました」とも「身体の不調を感知しました」とも聞こえ(その通り!)、「芸能人の不倫を感知しました」(知らん!)にも聞こえ、「大谷のホームランを感知しました」(嘘つけ! 調べたが打ってない!)にも、「長年の夜尿症が完治しました」にも聞こえる。結局「生活の異変を感知しました」と言っているらしい。

 しばらくそのまま放置していると、「どうしましたか?」という人間の声がスピーカーから聞こえた。機械的アナウンスではない。「何もありません」と答えると「分かりました」と言って音声は切れた。

 あとで聞くと、これは孤独死対策で、トイレの前を12時間以上通らないと無事を確認する仕組みになっているという。わたしは12時間以上もトイレに行かなかったらしい。数日後、また同じことが起こった。これではおちおち寝ていられない。トイレの前で寝るしかない。

 こういうシステムがあると、孤独死は防止できるかもしれないが、半面、居留守を使えないということも分かった。

 そういえば思い出したが、老人ホームを選ぶとき、見学した老人ホームで孤独死対策はしているかをたずねた。どこも、水の使用量をモニターしたり、トイレ付近の動きを調べるなど、対策を講じている。

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source : 週刊文春 2025年10月2日号