七将襲撃事件により、石田三成が奉行職を退き、佐和山城に隠居すると、徳川家康は残りの奉行衆を押さえ、豊臣政権における実権を握ります。しかし家康の目論見はそこにとどまりませんでした。天下の誰もが家康のみに従う自前の政権を築くために、着々と手を打っていきます。
その最初のターゲットとなったのが、前田利長でした。秀吉が秀頼の後見と頼んだ前田利家の死後、嫡男の利長が前田家を継ぎ、五大老にも名を連ねます。死に際して、利家は、
〈三年加州へ下り申し候儀、無用に候〉(3年の間、加賀に帰ることなく、秀頼様をお守りしろ)
初回登録は初月300円で
この続きが読めます。
有料会員になると、
全ての記事が読み放題
既に有料会員の方はログインして続きを読む
※オンライン書店「Fujisan.co.jp」限定で「電子版+雑誌プラン」がございます。ご希望の方はこちらからお申し込みください。
source : 週刊文春 2025年10月16日号



![《女性の9人に1人が罹患》乳がんを早期発見する!|その悩み、女医が解決!文春女性外来[第16回]](https://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/3/4/326wm/img_34aa0d92c894d66ba48529fbb8386d54469755.png)


お気に入り記事