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 本を選ぶ基準の一つが、自分が見たことのない世界を見ることができるか、です。少し前に手塚治虫さんが月300枚の締切にどう向き合っているか、昔のドキュメンタリーで見たこともあって手に取ったのが『締切と闘え!』(島本和彦 ちくまプリマー新書 900円+税)でした。著者は小学館漫画賞や文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞などを受賞し、複数の作品が映像化されるなど実績ある漫画家。マンガ好きの私ですが、恥ずかしながら読んだことはありませんでした。

『締切と闘え!』

 本書には自慢めいた話はほとんど出てきません。逆に、執筆より小学館の謝恩会に出ることを優先して締切を破ってしまったり、作品の売上が上がらず、家族が経営していたTSUTAYAの店舗に自分の漫画を置いてもらえなくて肩身の狭い思いをしたりといったエピソードがオープンに語られています。

 冒頭に〈「何があっても島本よりマシ」って思って、君の闘いに踏み出してくれ〉というメッセージがあるように、いわば「自慢本」でなく「自虐本」。著者の作品にも興味を持ち、自伝的漫画『アオイホノオ』も読んでみました。

 大阪での芸大時代、高橋留美子さんの『うる星やつら』や大学の同級生だった庵野秀明さんの作品を見て絶望しつつも何とか自分の道を見つけようと前を向くシーン。「負け」を突き付けられてもただ悲観するのではなく、嫉妬や怒りといった一見ネガティブな感情をエネルギーに変えていくのです。

「『島本は負けた』と言われている今の自分の立ち位置が楽しいです。『負けてるときの自分のほうが、数倍面白い』から」

 自分を信じ、肯定していく。カッコつけるのでもなく、卑屈になるのでもなく、負けている状態すら楽しみ、作品に昇華していく。そんな飾らない生きざまがファンに支持されているのだろうと感じました。60歳を超えて『週刊少年サンデー』に電話をかけて持ち込みしたり、苦手だったラブストーリーの「イチャイチャ」シーンに新たに挑戦する。

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source : 週刊文春 2025年11月20日号