“(しお)()(よし)()は、甲信新聞社に宛てて前金を送り、「甲信新聞」の購読を申込んだ。”――これは松本清張の短編「地方紙を買う女」の冒頭である。息子から投げられた言葉にショックを受け、(ぼう)(ぜん)とする(まつ)(もと)(ゆき)(のぶ)の脳裏をよぎったのは、この短編の記憶であった。

 幸宜は学生の頃から清張作品を愛読していた。最初は自分と同じ姓を持つ作家の名前に()かれただけだったが、読むたびに作品世界そのものに惹かれていった。学生時代は良いと思わなかったものも、勤め人になり、組織の中に身を置き、家庭を持ってみると、その身に()みた。

 中でも好むのは短編だった。「地方紙を買う女」はひときわ好きな一編である。潮田芳子は「甲信新聞」に連載中の小説が読みたいから、という理由で購読を始めるが、ある日を境にぱったりとやめてしまう。購読をやめる理由を「小説がつまらなくなりました」などと書いてしまったのがアダになって、当の小説家が謎の女性の行動を追い始める。彼女が購読を始めた時より、物語が佳境に入った今の方が間違いなく面白いはずだ、と確信する小説家の自信が快い。状況が面白く、心理がしっかりと書き込まれているので、何度読んでものめり込んでしまう。サスペンスだから、もちろん、犯罪が関わっている。その関わり方も読みどころだ。

 なぜ、幸宜は「地方紙を買う女」のことを思い出したか。中学生の息子が、地方紙をねだってきたからである。

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source : 週刊文春 2025年11月27日号