秋が年々短くなっている。秋が残っているうちに味わい尽くそうと思って、木々の紅葉を凝視する。桜の木は、ほとんどの葉が虫に食われている。不思議なことに、葉の1枚1枚がほぼもれなく食べられているのに、虫は1匹も見あたらない。

 そこで気づいた。葉を1枚1枚観察すれば、秋を味わい尽くしたことになるのか。むしろ昆虫の研究になっているのではないか。秋を味わい尽くすには、秋の空気を胸いっぱい取り込みつつ、秋の味覚であるみかんと焼き芋を食べながら、サンマを買いに行く。読書の秋とも言われるから、ポケットにツチヤ本を入れて。などと秋を満喫する方法を考えているうちに、秋を味わうことからどんどん遠ざかっていることに気づいた。結局、味わい尽くすのはあきらめた。

 それでも秋の空気は快適だ。何も考えずに機嫌よく歩いていると、前方から女性が3人歩いて来る。年齢はよく分からないが、30代から60代の間だろう。3人横1列に並んで楽しげにしゃべりながら歩いて来る。どちらかが道を譲らなければ、ぶつかってしまう。衝突を避けるには、3人のうちだれか1人が前か後ろにズレるか消滅すればいい。だが驚いたことに、わたしの姿は見えているはずなのに、3人が隊列を崩す兆候は微塵も見られない。

 このままでは衝突は避けられない。チキンレースだ。衝突直前になってわたしは歩道の端まで移動し、車道に降りて道を譲った。

 なぜこの女たちは道を譲らなかったのか。こんなことは江戸時代にはありえなかった。わたしは歳をとってはいるが、あふれる気品の中に身体の老いと闘う闘志をみなぎらせている堂々たる男だ。世が世なら、女たちは一刀のもとにわたしを斬り捨てていただろう。

 恐ろしい世の中になったものだ。クマでさえ、駆除するたびに抗議の電話が来るという。それなのに人も襲わず柿も食べず、細々と生きている老人をこれほど粗略に扱って何とも思わないことが許されるのか。かりにわたしがその場で倒れても、「ジジイ、ジャマ!」と言いながら蹴りを入れて立ち去るだろう。財布を取られなかったら幸運だ。

 わたしが2メートルほどの大男か、暴力団風の男だったら、道を譲るのではないか。身体が小さくても柴犬の子犬だったら大喜びで撫でまわすだろう。あるいは、目も覚めるようなイケメン俳優だったら、道を譲って平伏し、争って写真を撮ったり、サインをねだったりするだろう。

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source : 週刊文春 2025年12月4日号