累計発行部数1700万部を超えるガリレオシリーズ。東野圭吾さんの突然の訃報が届いたのは、最新作『永遠の記憶』刊行を控えた7月末のことだった。天才物理学者・湯川学の誕生から30年の変遷をたどる特別寄稿。

 今年7月に逝去した東野圭吾の著書は106冊に及ぶ。シリーズ・キャラクターは数人いるが、中でも知名度で双璧なのが、加賀恭一郎と湯川学だろう。活躍時期の長さで言えば、東野の第二長篇『卒業』(1986年)が初登場だった加賀に軍配が上がるけれども、人気の高さでは湯川も劣るものではない。

書店に並ぶシリーズ最新刊

 湯川学は、「オール讀物」1996年11月号掲載の「燃える」で記念すべき初登場を果たした。路上で5人の若者が火に包まれ、1人が焼死するという事件が起きる。警視庁捜査一課の刑事・草薙俊平は、生存者の1人が、死んだ友人の頭部から発火したという奇妙な証言をしたのが気になり、母校の帝都大学で物理学の助教授(肩書は後に准教授となる)をしている友人・湯川学のもとを訪れる。彼の科学的知識があれば事件を解決できるのではないかと考えたからだ。

 この「燃える」を含む5篇を収録した第一短篇集『探偵ガリレオ』は1998年に刊行された。死者の顔が転写されたかのようなデスマスク、心臓の部分だけが壊死した死体、海水浴中に原因不明の爆死を遂げた女性、少年の幽体離脱……と、いずれも不可解な現象を伴う難事件に頭を悩ませた草薙が、湯川に相談するというフォーマットから成っている。湯川は事件の決着自体にはあまり興味を示さず、怪現象をいかに科学のロジックで解明するかが興味の中心である。超然とした性格はアーサー・コナン・ドイルが生んだ名探偵シャーロック・ホームズの系譜を継ぐものだが、科学に特化した探偵役という点は、元エンジニアで理系に強い東野の経歴が存分に活かされている。

 湯川を主人公とするこのシリーズがガリレオ・シリーズとも呼ばれるのは、彼が事件解明に幾度も関わるうちに、警察関係者のあいだで「ガリレオ」という綽名で知られるようになっていったからだ。東野は最初、長期シリーズ化は考えていなかったようだが、好評によりシリーズは書き継がれ、2000年には第二短篇集『予知夢』が刊行される。予言やポルターガイストなど、前作よりオカルト的な印象の事件が多くなっているのが特色だ。

 ここまでの湯川は、人間の心理には興味のない、やや偏屈な人物として描かれてきた。そんな彼に変化が生じたのが、シリーズ初の長篇『容疑者Xの献身』(2005年)だった。

『容疑者Xの献身』

 この作品には、天才数学者の石神哲哉という人物が登場する。彼は隣人が犯した殺人の罪を隠蔽するため、ある計画を立てる。その工作によって、警察が容疑者と睨んでいた人物に完璧なアリバイが成立し、捜査を担当していた草薙はいつものように湯川に相談を持ちかけるが、石神は湯川の大学時代の友人だった。

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source : 週刊文春 2026年9月24日・10月1日号