「息が苦しくてね。管が取れないものだから、写真を撮ってもらえやしない(笑)」
鼻に入れた酸素吸入用のチューブを指さし、いたずらっ子のような笑顔を浮かべるのは脚本家の倉本聰氏(享年・91)だ。「週刊文春」記者は亡くなる約2カ月前に面会。それが人生最後のインタビューとなった。
9月18日、多臓器不全のため自宅で息を引き取った。今年は倉本氏が手がけた、フジテレビ系ドラマ「北の国から」が放送開始から45周年を迎える。
ドラマ取材に軸足を置いてきた「週刊文春」記者は倉本氏に5度、話を伺ったことがある。最後のインタビューは7月27日、倉本氏の住む北海道・富良野で行った。
その日の朝、マネージャーから「倉本の体調が悪くなった」と電話があり、一度は中止となった。数時間後、「倉本が『予定通り取材を受けたい』と言っている」と再び連絡が入り、取材が実現。時折苦しそうに胸を押さえながらも、約40分にわたりドラマへの想いなどを語ってくれた。
往時は「健康なんて大嫌いだよ」と、いつも紫煙をくゆらせながら豪快に笑っていたが、最後の取材ではタバコと灰皿がなかった。
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source : 週刊文春 2026年10月8日号
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