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第493回「自民党の『派閥』とは?」

池上彰のそこからですか!?

池上 彰
ニュース 社会 政治

 自民党の総裁選挙に向けて、党内の各派閥が動き出しています。誰が総裁選挙に立候補するのか、どの派閥が誰を推すのか、連日各メディアは大々的に取り上げています。

 この報道で野党の影は薄くなり、自民党の大宣伝の様相を呈しています。これが自民党の手なのですね。過去にも自民党の評判が地に落ちると、総裁を交替させることで、総裁選挙のニュース一色を演出。まるで政権交代が起きたようなイメージが広がって、自民党は延命してきました。

 今回も、新しい総裁が選ばれ、その人が総理大臣になって衆議院選挙に臨めば、人心一新のムードが広がり、自民党が勝利できるだろうという思惑があるのです。

 つい先日まで菅義偉総理では選挙を戦えないと悲鳴を上げていた若手議員たちは、「誰が党の顔になれば自分にとって有利か」を考えるのに必死です。

 本来は、「どの候補が自分の考えと最も近いか」と考えて総裁候補の支持を決めるべきものですが、やはり自分の選挙は大事ですね。

 誰が党の顔になるか。これは、1994年に衆議院に導入された小選挙区比例代表並立制によって重視されるようになりました。

 それまでの選挙制度は、中選挙区制。ひとつの選挙区で3人ないし5人が当選する仕組みでしたから、自民党からは複数の候補者が立候補し、互いに競っていました。党の顔が誰であろうと、選挙区で支持者を広げれば勝ち。政党同士の戦いになっていませんでした。

 しかし、これでは選挙が政策の争いではなく、「私が当選したら、ここに橋をかけます、高速道路を建設します」といった類の利益誘導になりがちでした。

 そこで、小選挙区制を導入することにしました。これだと当選するのは1人だけですから、政党同士が政策で争うようになることが期待されました。こうなると有権者は、候補者がどんな人かよりも、どの政党の候補者かで投票する人物を決めるようになりました。

 政党で投票先を決めるようになれば、政党のトップが誰かは、それまで以上に重要になります。人気のある人がトップの政党は議席を伸ばし、冴えない人がトップの政党は力を失います。

 かくして自民党の議員たちは、「誰が総裁になれば自民党は議席を伸ばせる(維持できる)だろうか」と考えるようになるのです。

 ここで登場するのが派閥です。多数の議員を擁する派閥が支援する人物は総裁選挙で有利になります。1つの派閥だけでは総裁選挙に勝てなくても、有力な派閥が一緒になって候補を支援すれば、当選の可能性が高くなります。

 でも、そもそも派閥とは何でしょうか。それは、同じ考えの人たちが集まった仲良しグループであり、政策の勉強会であり、選挙で当選できるようにする互助会なのです。

実は「勉強」している議員たち

 派閥は、「うちのボスを総理大臣にしたい」と考える人たちの集団です。派閥のボスが総理になれば、自分たちも要職に就きやすくなります。大臣になれる可能性も高まります。そこで派閥の議員たちは一生懸命選挙運動をするというわけです。

 初当選の新人議員は、国会での振舞いの知識がありません。このとき、どこかの派閥に入れば、先輩議員が、手取り足取り教えてくれるという仕掛けになっています。

 派閥の中に人気のある議員がいれば、選挙のときに応援演説に来てくれます。

 かつて政治資金規正法が緩かった時代は、派閥のボスが多額の資金を集め、派閥の議員に配っていました。盆暮れに多額のお金をもらえるというメリットもありましたが、さすがに今は姿を消しました。

 実は派閥は勉強会も開催しています。新しい政策を考えるときには、霞が関の役人を呼んでホテルで朝食会を開いたりします。中には「この政策が自分にとって有利になるかどうか」を知りたくて参加する人もいるようですが。

 では、自民党には、どんな派閥があるのか。まずは「細田派」です。ここは細田博之議員が会長なので、こう呼ばれますが、元は福田赳夫元総理が会長でした。このときに「清和会」と名付けましたが、派閥解消が叫ばれた1994年にいったん解散。1998年に「清和政策研究会」の名称で復活しました。

 ちなみに「清和会」という名称は、中国の古典『晋書』の中の「政清人和(清廉な政治でおのずから人民を穏やかにした)」という箇所から取ったそうです。

「麻生派」の正式名称は「志公会」。名称について麻生太郎元総理は「志を高く持ち、公を腹に収めてやってもらいたい」と説明しています。

「竹下派」は「経世会(現・平成研究会)」。経世とは「国を治めること」です。これも中国の晋の時代の「経世済民(国を治め、人々の生活を守る)」という有名な言葉が典拠です。

「二階派」は「志帥会」。これは初代事務総長の平沼赳夫議員が、孟子の「志は気の帥なり」を由来として命名したといいます。

 そして「岸田派」。これは池田勇人元総理の後援会の名称だった「宏池会」です。こちらは中国の後漢時代の「高光の榭(うてな)に休息して宏池に臨む」という句から来ています。「物事に動じることなく、余裕あるところを示すこと」という意味なんだそうです。

「石破派」は「水月会」。これは禅の「水月道場に坐す」という言葉が由来で、「水も月も無心に映すように、無私、無欲の高い境地から務めていく」という思いが込められているのだそうです。

 どれもあふれる教養を感じさせる名称ですが、その派閥で右往左往する議員たちを見ると、派閥の名前を改めて見てみたらどうですか、と言いたくなります。
 

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2021年9月23日号

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