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高市早苗 愛人説の元閣僚を直撃!「50万円の服、買うてやった」

新聞・TVが報じない総裁選

「週刊文春」編集部

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安倍氏が後ろ盾の高市氏
安倍氏が後ろ盾の高市氏

――高市氏は愛人だった?

「まぁ、俺はよく奢ってあげたり色々連れていったりしたから(愛人と)言われたんやろな」

 小誌の直撃にそう明かすのは、ある87歳の男だ。

 憲法改正、靖国参拝、選択的夫婦別姓反対をはじめ、保守色の濃い政策を前面に打ち出す高市早苗前総務相(60)。

 
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「でも、彼女が国会議員になって最初に所属したのは、『リベラルズ』という左翼っぽい名のグループだったんです」(政治部デスク)

 高市氏は大学卒業後、84年に松下政経塾に入塾。87年には渡米し、共和党ではなく、民主党下院議員の事務所で議会研究員として勤務した。その後、93年の衆院選で初当選する。

「高市氏は自民党に入党を申請したものの、現職がいて却下されてしまう。それで、自民党を離党した中堅議員らで結成したリベラルズに参加します」(同前)

 メンバーの一人だった佐藤静雄元衆院議員が言う。

「あの頃の高市さんからは、今のような保守的な思想は感じ取れなかった。夫婦別姓も『別に名前(苗字)を変えなくてもいいんじゃないの。そんなに大げさに考える必要ないよ』といった感じでした。当時の自民党にも批判的でしたし」

 94年、リベラルズを母体に自由党が結党されたものの、同年に新進党と合流。96年10月の衆院選は高市氏も同党から再選を果たすが、この頃、親しい関係を噂された議員がいた。

「新進党で当時、幹事長代理を務めていた石井一氏です。小沢一郎氏の側近として自民党を飛び出し、新進党に参加した。すでに国土庁長官や自治相を歴任するなど、党内の実力者でした。一方、高市氏は35歳の若手議員。石井氏はこの頃、周囲に『高市の相手はカネがかかる』と漏らしており、愛人説も出回ったのです」(当時を知る新進党関係者)

民主党時代は副代表だった石井氏

 高市氏の総裁選出馬に今、何を思うのか。当の石井氏に話を聞いた。

「山本拓(衆院議員)の嫁さんだったというぐらいしか記憶にないなぁ。総理大臣になれるほどの人なんやろか、と疑問に思う。まぁやっぱり安倍が色々動いたんやろな。そう言えば、山本拓が俺のとこにメールを打ってきて『高市早苗を頼む』と言ってきたな。なんで2人は離婚したんかな」

 そして愛人説をぶつけたところ、冒頭のように「よく奢ってあげたから」などと答えるのだった。

――当時、「高市の相手はカネがかかる」と?

「そうなんかねぇ。俺が思い出した話が1つある。ある時、高市が『いい服がほしい』って言うんだよ。だから『買うてやるから、付け回せ』って言うたんや。そしたら、ブランド物の洋服で50万円くらいの請求書が後から届いて。金額見て驚いたわ。しかも、それから1、2週間で新進党を出て行った。結局その服を着てる姿も見てへんし。えらい損したな、と(笑)」

――今は右寄りの思想だが。

「あー、そうなんか。選挙の応援に行って、宣伝カーに乗ったこともある。だから、ある程度の付き合いはあった。ただ、その当時は右翼的な思想なんてほとんど感じなかったけどな」

 そう振り返るのだった。

 高市氏が新進党を離党したのは、当選1カ月後の96年11月。翌12月には自民党に入党し、派閥では清和会の一員となった。

「00年には、森喜朗首相(当時)の『勝手補佐官』を自称していました。権力者に近付くとともに、保守的な思想を一層先鋭化させ、党内で存在感を高めていきます」(清和会関係者)

森元首相にも可愛がられていた

 森氏の退陣後、高市氏が接近したのが、清和会のプリンスだった安倍氏だ。

「06年に第1次安倍政権が発足すると、高市氏は沖縄北方相として初入閣。翌07年は閣僚で唯一人、靖国に参拝した。以降、党内随一の保守派として、安倍氏とは良好な関係を築き続けていました」(同前)

 高市氏に事実関係の確認などを求めたが、期日までに回答はなかった。

 おねだり娘もいまや、総理候補の“最右翼”だ。

source : 週刊文春 2021年9月23日号

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